「カモン、なおみ!」
それまでファミリーボックスで静観していたコーチが、鋭く叫び手を叩いた。
全豪オープン前哨戦の準々決勝。並行カウントで迎えた第1セットの第9ゲームで、大坂がやや集中力を欠いたミスを3本連ねた場面でのことだ。
客席に座るコーチの声は、直接的には、コートの反対側に立つ大坂には届かなかっただろう。
それでも大坂はここから、鋭いサーブ2本を含む4連続ポイント奪取で、ブレークの危機をしのいでみせる。
まるでコーチたちと、意志が通じているかのような局面。結果、この試合を7-5,6-1で制して準決勝進出を決めた(※準決勝は肩に張りが出たため大事を取って棄権)。
この以心伝心が本当にあることは、後に大坂が認めている。
「聞こえるというより、“感じる”ことがあるの。オーラというか……私、変なこと言ってるかしら?」
そう言い大坂は少しぎこちなく笑ったが、言わんとしていることは、十分に伝わった。
コーチのウィム・フィセッテとタッグを組んだばかりの1年前、大坂は「あの頃はまだ、彼の前では緊張していた」と認める。
ただその後、密にコミュニケーションを取り、お互いの性格もさらけ出し、コーチの「おちゃめな一面」も発見した。
だからこそ今ではコーチの考えが良く分かり、試合中も「オーラ」を感じることが出来るのだろう。
なお、大坂がコミュニケーションを多く取るようになったのは、ファンに対しても同様だ。
この日の勝利後のオンコートインタビューでは、「みんなにお勧めのレストランを教えて欲しいの。でも部屋でネットフリックスを見ながら食べたいから、テイクアウトできるところね」とチャーミングに懇願した。
チームやファンと、通わす心――。
これこそが、世界1位返り咲きを目指す大坂の、新たな武器かもしれない。
大坂なおみ
1997年10月16日、大阪市生まれ。1歳半年長の姉まりを真似てラケットを手に取り、米国NY州に移った4歳の頃から本格的にテニスを始める。2018年に全米OPを制し、翌19年の全豪OP優勝で世界1位にも座す。昨年9月に再び全米を制し、現在のランキングは3位。
【内田暁「それぞれのセンターコート」】