(写真:共同通信)
「2週間後には、今夏の第7波のピークを超え、第8波につながる可能性がある」
11月9日に出席したコロナ専門家会議で、専門家らの分析結果を受けてそう発言したのは、加藤勝信厚労大臣(66)だ。11月に入って再拡大するコロナ禍。全国の新規感染者数は9日に8万7千410人と前週から約1.4倍に増加した。
本来なら、第8波に向けて感染予防や医療体制を強化していかねばならないところだが、実際に岸田政権のもとで進むのは、それとは対照的な人命軽視政策だ。
■コロナの病床はすぐには増やせない
「厚労省は10月から、コロナ病床確保のための補助金を、一定のルールの下、減額すると決定しました。いますべき施策と真逆と言っても過言ではありません」
そう懸念を示すのは、都内の病院や診療所で救急対応にあたっている医師の谷川智行さん。
谷川さんが言うように厚労省は、9月22日付で、各病院が確保しているコロナ病床の“空床補償”を減額する通達を出しているのだ。
具体的には、収益が黒字の病院で、一定期間内のコロナ病床使用率が50%を切る場合に補助金を減額するというもので、“50%ルール”と呼ばれている。
空床補償をもらっていながら、患者を引き受けていない病院を精査する意味もあるようだが、突然の方針転換に対し、精力的に患者を受け入れてきた医療機関は戸惑いを隠せない。
「空床補償が減額されたら、コロナ病床を減らさざるをえない」と苦渋をにじませるのは、立川相互病院(東京都立川市)の事務長、増子基志さん。
「当院は最大で約40床、コロナ患者の受け入れが可能です。感染者の減少から10月までは27床まで病床を減らしました。しかし今後、50%ルールが適用されると赤字になる可能性があり、確保病床をさらに減らす必要が出てきます」
感染者の増加に備えベッドを空けていても、埋まるベッドが半数以下だと補助金が減額されるため、感染者数が少ない時期は病床数も減らさざるをえない。しかし、急に感染者が増えてもすぐに病床を増やすのは困難だ。
「コロナ対応のためには看護師を一般病棟から配置換えしたり、増員する必要があります。シフトの組み替えなどもあり、受け入れの準備が整うのに最低でも1カ月はかかるんです」(増子さん)
実際に、全国の病床数は10月に入って激減(右ページ図参照)。不利益を被るのは患者だ。
「うちの病院では、第6~7波でも、2~3日患者の受け入れ先が決まらず、救急外来がストップしてしまったことが何回かありました。補助金が減額されてコロナ病床が減ると、今冬の第8波は、これまでをさらに上回る死者が出るのでは」(谷川さん)
すでに医療現場では「救急受け入れ困難」が急増している。(総務省)消防庁の統計によると、10月31日から11月6日にかけての救急搬送困難事案は全国で3千230件、前週に比べ25%も増えているのだ。
■入院基準の指示で医療現場はむしろ混乱
「うちは本来、救急受け入れ要請が来るクリニックではないのですが、11月に入ってから数件“4~5カ所当たったけど受け入れてもらえなかった”と、救急隊から患者の受け入れ要請がありました」
そう明かすのは、インターパーク倉持呼吸器内科の院長で、約2万人のコロナ患者を診た実績がある倉持仁さん。「補助金カット以外の政策にも原因がある」と次のように推察する。
「厚生労働省は、入院者数を増やさないために、コロナ患者の入院基準を血中酸素飽和度の値などだけでトリアージするよう、ガイドラインで指示しています。
さらに10月からは、コロナ患者の全数把握をやめ、リスクの低い人は発熱しても受診を控えるように、という呼びかけまで出した。そのため、厚労省の受診基準や入院基準には当てはまらない方が“具合が悪くて動けない”と救急車を呼んでも、病院が受け入れを躊躇して入院先が見つかりにくくなっている可能性があるのです」
倉持さんが指摘するように、厚労省は10月から、“コロナとインフルエンザの同時流行時に医療ひっ迫を避けるため”として、65歳以上、子ども、妊婦、持病がある、など重症化リスクの高い患者以外は、受診を控えるよう呼びかけている。
「厚労省は“オミクロン株は重症化しにくい”と言っていますが、感染者が増えれば重症者や死亡者も増えてしまいます」(倉持さん)
実際に、第7波が到来した今年7~9月のわずか3カ月間のコロナ死者数は約1万3千500人。医療にアクセスできない現在の状況では在宅死が急増しかねない。
そもそも、コロナ禍となって3年もたつのに、なぜこのような事態が起きているのか。
「大前提として、厚労省はこの十数年、医療費削減のために救急病院も、急性期病床も減らし続けてきました。これはコロナ禍になっても続いています。病院を減らすと地域の医師や看護師の数も減ります。コロナ前から、救急医療は脆弱だったのです」(谷川さん)
第8波を乗り越えるにはどうすればよいのか――。
「検査を抑制するのではなく、感染を抑えるために、異変を感じたらすぐにPCR検査を受けられる体制を作ること。発熱外来を増やして医療アクセスをよくすること。さらに病床を確保するためには、いま補助金を減らすべきではありません」(谷川さん)
加えて、薬の処方も見直すべきだと谷川さんは続ける。
「海外に比べ日本では、パキロビッドなどの抗ウイルス薬が驚くほど使用されていません。
これは当初、数が足りなくて厚労省が制限していたことの名残りです。国の責任で薬を十分に確保したうえで、重症化リスクのある人には積極的に処方すべきではないでしょうか」
ところが岸田政権がやることといえば、全国旅行支援、ノーマスク推進、さらにはワクチン有料化の検討など“経済活性化”に振り切るばかりだ。政府が命よりカネを重視した結果、犠牲になるのは庶民なのだが――。