(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
岸田文雄首相(65)がマスク着用のルール緩和に前のめりになっているが、専門家らは強い危機感を持って警鐘を鳴らしている。
10月6日、岸田首相は「マスク着用のルールを含めた感染対策の在り方について検討していく。科学的な知見に基づき世界と歩調を合わせた取り組みを進める」と参院代表質問の答弁で表明。翌7日には、木原誠二官房副長官(52)が記者会見で「首相の発言の方針に沿って鋭意検討していく。屋外・屋内問わず全体を整理する」と明言した。
「経済活動との両立を急ぎ、新型コロナウイルス対策の緩和策を矢継ぎ早に打ち出す首相官邸サイド。首相の言う『世界に歩調を合わせた』とは、“海外では多くの国でマスク着用義務を大幅に緩和しているから、日本もマスクを外す機会をさらに増やす”という意味だと受け取れます」(全国紙政治部記者)
しかし、「実は欧米で“マスク回帰”が起き始めている」と指摘するのは東北大学大学院理学研究科の本堂毅准教授だ。
「9月中旬から3週間、ドイツ、イギリス、フランス、スペインと回ってきました。現地では“マスク回帰”が起こっていることを、この目と耳で確かめてきました」
一体なぜなのか。それは日本よりひと足先にやって来つつある冬と関係しているようだ。
「ご承知のように、ヨーロッパではマスクを外していましたが、冬の寒さが迫ってきたため換気が難しくなり、感染が急増してきたのです。フランスの9月末の人口当たりの新規感染者数は、昨年の10倍程度にもなっており、パリのメトロの駅でも数カ国語でマスク着用を強く呼びかけていましたし、着用者も増えていました。また、スペインやドイツでは電車内の着用義務が課されています。
そもそもフランスなどでは、今年の春にマスクの”法的着用義務”を解除しただけであって、地下鉄やバスなどの公共交通機関でマスク着用は“推奨”しています。ドイツでは9月中旬時点でも、フランクフルトの近郊電車ではマスク着用が義務づけられていました。
国として“脱マスク”を奨励するようなことは、そもそも行われておらず、岸田首相は根本的な勘違いをしているのだと思います」
確かに、法的義務がなくても、これまで家庭内以外ではマスクをしてきた日本人は大多数だが、最近では岸田首相のように”脱マスク”への動きも出てきている。
「先日、大手IT企業の社長が職場での“脱マスク宣言”をしてニュースになりました。それ自体は自由ですが、気になるのが理由の一つとして『アンケートで社員の意向を聞いたらパーテーションがあるならマスク不要と6割が答え、実施に踏み切った』という社長の発言です」(前出の記者)
■「パーテーションをつけている飲食店は欧米では見ない」
これに危機感を表すのは、感染制御学に詳しい愛知県立大学の清水宣明教授だ。
「社員の6割が『パーテーションがあればマスクは不要』と考えているということは、新型コロナが“空気感染する”ということの国民への周知が徹底されていない証拠です。タバコの煙で考えればわかりやすいですが、パーテーションがあるからといって目の前で喫煙してOKとなりますか? 感染者の呼気から排出されるのが毒ガスだとイメージしてください。パーテーションで安心できる人はいないはずです。国民に空気感染であることの周知を怠り、飛沫感染ばかり強調してきた政府や感染研、分科会の責任は重いと思います」
厚生労働省が今年5月に示した基準では、屋内では「会話を行わず、かつ周りと2メートル以上離れている場合」は“マスク不要”としている。
「屋内で2メートル離れていても換気が不十分であれば、感染は容易に起こります。いまだに2メートル離れれば、などとのんきなことを言っているのは日本くらいです。また、会話をしていなくても普通の呼吸でもエアロゾルは発生します。なので、『2メートル』や『会話してなければ』という設定は飛沫対策であり、空気感染対策では不十分です」(清水教授)
一方で、欧州ではコロナが空気感染するということについては、「一般市民レベルでも広く知られており、実際に日本より遙かに徹底した換気が行われている」と本堂准教授は指摘する。
「ヨーロッパの夏は、スペインなどを除いてクーラーが一般的ではないので、日本のように夏の冷房利用で換気が困難になることがありません。そのため、夏はマスクを使わなくても換気でなんとかなっていました。9月のイギリスでは電車の窓開けも徹底していて、レストランもドアを開け放している店がほとんどでした。
ちなみに4カ国どの国でも、パーテーションをつけている飲食店はひとつもありませんでした。空気感染の対策は換気ということが徹底して周知されているからです。感染対策において、日本はガラパゴス化していると思います」
つまり、欧州の“マスク回帰”は、なるべくマスクはしたくないから、たっぷり換気ができる夏は外す。寒くなって換気が難しくなったからまたマスクをつけましょうという、非常にシンプルな対策ということだ。
「さらに、この冬のヨーロッパはエネルギー不足が深刻化するはずですので、十分な換気がますます難しくなるでしょう。そうであれば、なおさらマスクの重要性は高まります。
空気感染が今でも周知されず、換気がヨーロッパほど徹底されていない日本で、マスクの着用がおざなりになってしまったら、ヨーロッパ以上の感染拡大が起こることが容易に予見できます」(本堂准教授)
これから冬を迎える日本。第8波やインフルエンザとの同時流行も懸念されている。
「冬になると乾燥によってウイルスが小さく軽くなり、室内では空気中のウイルス濃度が増します。また、小さなウイルスは肺の奥に入りやすく肺炎のリスクも高まります。コロナに限らず冬は呼吸器疾患全般でリスクが上がるので、このタイミングでの規制緩和は危険だと思います」(清水教授)
感染リスクだけでなく、経済への影響も逆効果だという。
「感染拡大によって経済への悪影響も強くなるでしょう。今、世界的にはマスクや換気などの弱い対策を早めに出すことが、経済へのダメージが一番小さいということが常識になっています。“経済のために脱マスク”と岸田首相は考えているようですが、本末転倒で世界的常識に逆行していると思います」(本堂准教授)
“聞く力”のある岸田首相に、日本を本気で憂う専門家の声は届くのだろうかーー。