《道はあっても人の往来は極めて少ない。雄冬と増毛から毎日一回、逓送人がこの駅舎で落ち合って、郵便物を交換して帰るという、昔ながらのしきたりを反復しているほかは、たまたま町に用足しに出た村人が立ち寄るくらいのものである。
《脚夫の屍体発見 客年十一月十五日増毛郵便局脚夫の浜益よりの帰路、濃昼、増毛の両山道において吹雪に倒れたのか熊につかみ殺されたのか、行方知れずとなったが、連日の雪風で往来を絶ち、捜索するにも道がなく、ついにそのまま過ぎてしまったが、先頃雪解けに際し、増毛山道の三里ほど脇道において右脚夫の死骸を発見したが、その携帯した郵便物にはまったく損害がなかったという》(『北海道毎日新聞』明治21年6月3日)
《六月二十三日、増毛村の天谷某の雇人が、ハシベツ川の上流およそ一里ばかりのところで、突然熊に出会い、咬み殺されてしまった。その翌二十四日、増毛警察署から巡査二名と猟夫五人が天谷方の雇人二十人程と熊退治に出かけ、首尾よく銃殺した。増毛郡役所で皮を剥ぐと、見物人が三、四百人もあったという》(『函館新聞』明治22年7月9日)
《追々道幅せまくなり行きて、人のかいなの太さある笹の丈は、馬に乗りし頭埋むばかりなるが、道の左右にいや生い茂りぬ。その道とて、雨ふるたびに土を流したれば、深き溝のようになり、所々鋭き石突き出で、過ちて落ちなば、直ちに命亡ぶべし、そが上、道の所々に大なる石を掘り越し、また草の根掘り返したるを、馬追は指さして、これはみな熊のわざにて、石の下なる蟻を食い、また草の根を食むなり。さればこの道は険しきのみならず、熊の常に出るために、かように人少なきなり。十日ばかり先にも、一人命失いたりと語りぬ》(『るもい地方の歴史探訪』)
「10日ばかり先」とあるが、おそらく上記「天谷某の雇人」が喰い殺された事件を指していることは間違いない。
《斎藤銀吾というものは去る十八日、青草を採ろうと妻テツを連れ、字ノプ沢山中というところへ差しかかると、向こうより大熊が現れ出でたので、銀吾はソレというより藪陰に隠れ、テツもいずれかへ隠れた様子だったが、程過ぎて、もはや熊もおらぬだろうと思うころ、出で見ると妻はおらず、そこあたりの森を尋ねても影さえないので、我が家へ立ち帰り、人夫数十名を雇って山中をくまなく捜索したが、さらに見えず、さては先刻隠れ遅れ、または熊の目にかかって害されてしまったと力なく、その趣を同地の警察へ届け出たので、同警察では狩人を率いて、去る十九日、同山中へ捜索かたがた熊狩りに赴いたという》(『函館新聞』明治23年5月23日)
《六月六日、増毛郡阿分村の婦女が四、五名連れだって、青菜摘みのため近傍の山に登ると、突然大熊が一匹現れたので、みな狼狽し藪陰に陰れたが、池田善五郎の雇女ヨテ(十七年)が熊に捕まってしまった。藪陰からこれを見ていた婦女等は声を限りに助け呼び、その声が阿分村に達し、漁夫等が鉈や鎌を携へて駈付けると、熊はいずれかへ逃げ去った後で、ヨテの死体は腰から両脚まで食い尽くされていた。直ちに帰村して警察署に届出て、警部等が猟夫四、五名を率いて現場を検視し、午後十時頃まで熊の捜索をしたという》(『函館新聞』明治23年6月18日)
《笹井 熊の話だけど、俺の母親の伯母さんになる「アキ」という人は、今生きていれば百何十歳になるが、昭和13年に82で亡くなった。子どもの時によくその人におんぶさって、いろいろな昔の話をしてもらっていたんだ。
桂 若い女の人が熊に襲われたんだ。
笹井 何でも、一緒に行ったみんながいないもんだから、一人になり探していて熊に食われてしまったそうだ。
(中略)
笹井 その熊はそこで捕らえられないで、舎熊の方へ行って人を襲ったとかで、何でも官主さんだかが襲われたそうだが、その人はとられなかったらしいけれども……。》(『ましけむかし記録保存事業・第1号』増毛町教育委員会・元陣屋、笹井秀雄)
《高橋萬太郎(二十九年)は同じ国者の黒石町字野村、久遠與八と蕗とりに、去る十二日午后三時ころより鬼鹿より一里ばかりの沢に赴きしが、牡熊に出遭い逃げ道なくて哀れはかなくも高橋萬太郎は喰い殺されしを同行せし與八は生きたる心地なく久兵衛方に馳せ帰りありし次第を物語れば、さらば萬太郎の仇かの大熊を打ち取らんと四十余人の若者手に得物槍鉄砲なんぞを携えて押し出し遂に二ッ玉にて打ち殺し鬼鹿村の戸長役場に引きずり来たり巡査立ち会いの上、熊の腹を引き裂きしに、無残にも萬太郎の手と片腹半分ばかりはらわたとともにありしにぞ、久兵衛方にては、それにて懇ろに葬りしが、大熊は買い人つき売りしよし》(『北海道毎日新聞』明治24年6月17日)
中山茂大
1969年、北海道生まれ。ノンフィクションライター。明治初期から戦中戦後まで70年あまりの地元紙を通読し、ヒグマ事件を抽出・データベース化。また市町村史、各地民話なども参照し、これらをもとに上梓した『神々の復讐 人喰いヒグマの北海道開拓史』(講談社)が話題に。