福岡の老舗旅館「二日市温泉・大丸別荘」の温泉水から基準値の3700倍ものレジオネラ菌が検出された問題は、2023年2月に発覚後、ずさんな管理を指示したとされる同旅館の社長が遺書とともに遺体で見つかり、衝撃を与えた。公衆浴場法は週1回以上の湯の入れ替えを求めているが、同旅館では年2回しかおこなっていなかった。
この事件により、全国の温泉で衛生管理の意識が高まるかと思われたが、6月だけでも千葉、静岡、山口などの温泉施設で、次々とレジオネラ菌が検出されている。
レジオネラ菌は自然界に生息しており、感染すると重症の場合、肺炎を引き起こす。おもな症状は、咳や38度以上の高熱、呼吸困難だ。レジオネラ属菌に汚染されたエアロゾル(目に見えない水滴)を吸い込むことで感染する。
2002年には、宮崎県日向市で、開業したばかりだった温泉施設で、295人もの大規模感染が発生。うち7人が死亡し、連日、大きく報道された。また、2022年にも有馬温泉の宿泊施設で死者が出ている。
夏の観光シーズンを前に、本誌は無料で楽しめる「足湯」に着目。全国11カ所の有名温泉の足湯から採水して、レジオネラ菌の有無を調査した。検査は、健康被害の抑止に取り組む株式会社食環境衛生研究所に依頼した。
また、各施設に対しては、「かけ流し」か「循環」かという温泉の方式と、衛生管理方法についても質問した。
結果は驚くべきことに、計4カ所の施設から、厚生労働省が定める基準値(100mlにつき10cfu未満 ※cfuは菌の集団の数を示す単位)を超えるレジオネラ菌が検出されたのだ。
花巻温泉の「足湯・手湯」で20cfu、上諏訪温泉の「JR上諏訪駅足湯」で60cfu、塩原温泉の「湯っ歩の里」で80cfu、箕面(みのお)温泉の「ゆずるの足湯」で50cfuの菌数だった。
本誌が温泉水を採取に訪れた日も、家族連れなど多くの客が足湯を楽しんでいた。
だが、本誌が検査結果を知らせると、4カ所の施設の対応はバラバラで――。
すぐに営業を休止して対策を取ったのが花巻温泉だ。
「御誌の報告を受けた5月31日の夕方、即座に『足湯・手湯』の営業を休止し、所轄保健所に連絡をいたしました。今後、改善に向けて所轄保健所の助言を仰ぎ、お客様が安心・安全にご利用いただけるよう再開に向けて準備をしてまいります」
その後、徹底した清掃をおこない、安全を確認して6月3日から営業を再開した。
さらに厳しい対応を取ったのが箕面温泉だ。
「弊社としては、洗浄・塩素注入・換水を毎日実施しており、レジオネラ菌が検出されたことを驚きをもって受け止めております。当該結果について厳粛に受け止め、日々の管理についてあらためて検証するとともに、管轄保健所とも連携させていただき、指導を受けながら、今後も適正な管理を実施してまいります。今回ご指摘をいただきましたので、足湯の利用を停止いたしました。再度徹底した洗浄を実施したうえで、数値が基準値以内になったことを確認後、利用を再開いたします」
だが、菌数が最大だった「湯っ歩の里」と、2番めに多かった「JR上諏訪駅足湯」は、菌が検出されたことに関しては回答がなかった。
水質検査をおこなった、食環境衛生研究所の担当者が語る。
「10cfu以上の菌数が確認された場合は、洗浄などの処置が必要です。ただ、今回の検出量で最大だった80cfuについても、菌数としてはけっして多くはなく、かりに、この程度の菌数の温泉に入ったとしても、健常者にはほとんど影響はないと思われます。免疫力が低下していたり、高齢であったりする場合は、菌数にかかわらず注意が必要です。たとえば1万cfuあれば、エアロゾルを吸い込むと感染発症の可能性はかなり高まります」
微生物生態学が専門で、レジオネラ菌の分布調査をおこなう麻布大学教授の古畑勝則氏も、今回、検出された菌数は、すぐに健康被害をもたらすレベルではないと話す。
「足湯は、一般の温泉と違ってエアロゾルの飛沫が起こりにくい状態で入るものですし、これまで、足湯でレジオネラ菌に感染した、という例は報告されていません。今回、検出された菌数は少なく、すぐに感染症発生には結びつかないものの、菌が厄介なのは増えるという点で、施設はなんらかの衛生的な処置を取ることが必要です。レジオネラ菌の検出を防ぐためには、換水は毎日、消毒も常時するような体制が望まれます」
とはいえ、11カ所中4カ所から菌が検出されたことから考えると、全国のほかの有名な温泉施設でも、基準値を超える量のレジオネラ菌が繁殖している可能性がある。
この夏、訪れる旅先で安全な温泉を見分ける方法はあるのだろうか。今回、足湯の選定に協力してくれた温泉ジャーナリストも、「清掃が大切」として、こう話す。
「清掃が行き届かないと、菌はどんどん増えていきます。湯を循環させているなら、塩素剤などによる消毒も必要になります。源泉かけ流しの場合でも、湯を抜いて掃除をする完全換水清掃を定期的におこなう必要があります。ただ、足湯は公衆浴場法が適用されないため、法や条例で清掃頻度や消毒法などが決められておらず、管理は施設の方の良識にまかされている、というのが実態です。
その意味では、今回、調査をおこなった施設はいずれも丁寧な清掃や消毒をおこなっている印象です。ひとつ気になったのは、50cfuが検出された『ゆずるの足湯』は、循環式ですが、ろ過装置はないとのこと。すると、毎日、完全換水清掃をおこなっても、ろ過装置で取り去られるべき汚れはそのまま1日、循環し続けているのでしょうか……」
温泉や足湯の利用時には、入口などに掲げられている「温泉成分分析書」と「温泉の使用状況(加水や加温、循環消毒の有無など)」を確認してほしいという。
「これは必ず掲示しなければならない決まりですが、守っていない施設も多い。そういう意味では、きちんと掲示されている施設は、信用できると考えます。分析書には湧出量が記載されていることが多く、1時間に浴槽の湯がそっくり入れ替わる程度の湯量が湧いているのかどうかを、大まかに把握できます」(同前)
温泉大国・日本の「安全神話」が崩壊したとは思いたくないが――。
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