一月場所で3度めとなる優勝を果たし、大関に昇進した御嶽海。スピード出世で早くから「大関候補」といわれ続けた29歳が、ついに壁を越えた。その原動力となったものとはいったいーー。
「『大関』と呼ばれるのに、ようやく慣れてきました。少し照れますけどね。でも、もっと照れてるのはうちの部屋(出羽海部屋)の連中ですよ。なかなか『大関』って呼んでくれないんです(笑)」
溌溂とした声からは、充実ぶりが窺える。1月31日に新型コロナウイルス感染が判明、約1週間の入院を余儀なくされたが、その影響は?
「先場所が終わって1週間の休みがあり、その間にコロナ感染が判明して入院しました。熱が出たのは一日だけです。隔離期間が10日間あって、退院後もしばらく部屋には来られなかったんですよ。
だから、3週間はまったく稽古ができなかった。体重も少し落ちてしまいました。こんなに長い間まわしを締めなかったのは、初めてじゃないかな。
いつもは、場所後の1週間の休みが終わると、『また稽古か〜』って思っていたんですが、今回はさすがにまわしが恋しくなりましたね」
2015年3月の初土俵から2場所で新十両、翌年十一月場所で小結へとスピード昇進。このころから「大関候補」と注目を集めてきた。2018年七月場所、2019年九月場所で優勝。幕内在位37場所中28場所で三役を務め、大関にならないのが不思議といわれるほどの実績を残してきた。
「ずっと大関候補といわれてきましたけど、それはプレッシャーではなかったんです。自分でも『わかってます。そのうち上がりますよ』くらいの気持ちでいましたから。実際、三役にずっといたわけだし。
それが、だんだんと気持ちが変わってきたんです。上がれないのは、『大関の器』ではないからじゃないかなと。(同じ学生相撲出身の)朝乃山、正代さんも上がった。でも俺は、まだ上がっちゃいけないんだ。本当に上がれるのか……。そんな感じでした」
昨年九月場所は9勝、十一月場所は11勝。一月場所で13勝すれば、大関昇進の目安とされる「三役3場所33勝」をクリアすると、期待が集まった。しかし場所直前の伊勢ヶ濱審判部長の発言が空気を変えた。御嶽海の大関昇進の条件を「全勝優勝」としたのだ。
「すごく厳しくなったなと思いましたよ。ずいぶんハードルが高くなったなと。『全勝しないと大関になれない』って、ほとんどの人はそう思ったはずですから。
でも、自分はあれで火がついたんですよね。『わかりました。15番勝って、全勝優勝しますよ』って。大関に上がろうというよりは、全部勝ってやろうって思ったんですよ」
初日から9連勝。横綱・照ノ富士にも完勝し、13勝2敗で3度めの優勝。全勝とはならなかったが相撲内容が評価され、大関昇進を決めた。
「これまでもチャンスはあったんですが、やっぱりどこか気負うところがあったんだと思うんですよ。それが今回は大関獲りというより、15勝することを目指したわけですから。
そういえば、不思議なことがあったんですよ。場所前にうちの奥さんから『そろそろ上がってもいいんじゃない。大関、決めちゃいなよ』って言われたんです」
大関昇進の翌日に発表されたのが、御嶽海の結婚だった。
「奥さんは1歳上です。たまたま、うちの部屋の朝稽古の見学に来ていたんです。そこで話をして、周囲の仲介もあって『じゃあ、LINEを交換しましょうか』ってなったのが最初ですね。
それが5年ほど前の話で、このたび入籍しました。ふだんは相撲の話はしないんですよ。勝って帰ってきたら、『よかったね』って言うくらいです。
それが一月場所の前に『大関、決めちゃいなよ』って突然言われて。まわりの雰囲気は『この場所は大関獲りの足場固め』みたいになってるのに、彼女は何か決めていたっていうか、感じていたみたいなんです」
御嶽海にとって、奥さんの存在が大きな力になっているのは間違いないようだ。
「食べ物の好みもぴったり合うんですよ。『今日何食べたいか、一緒に言おう。せ〜の』って言うと、だいたい同じ料理を口にしますね。彼女が作るものは何を食べても美味しい。得意料理は、う〜ん中華丼かな。
味を自分なりにアレンジしてくれているみたいで、母のよりも自分の口に合うんですよ。この間、母の料理を食べたら『あれ、母の味はネイティブで濃いめだったんだな』って感じましたから。健康のことも考えて作ってくれるので助かってますよ」
そんなことを言うと、お母さんが寂しがるのでは?
「お母さん、ごめんなさい(笑)。もちろん、母の料理も美味しいんですけどね。でもうちの奥さん、母に似てるってよく言われるんですよ。顔は違うんですよ。外国人ふうではないし。確かに背丈は似てるし、雰囲気なんですかね」
大関となったが、この地位で満足しているわけではない。
「もちろん、さらに上を目指しますよ。大関になったということは、横綱に挑戦する権利が与えられたということですから。横綱を目指さずに、大関という地位を守ろうとすると、落ちてしまうと思うんですよ。目標はもう、はっきり見えています」
頂上を目指して迷いはない。新しいパートナーを得て突き進むのみだ。
御嶽海久司(本名・大道久司)
1992年12月25日生まれ 長野県出身
180cm174km 東洋大から出羽海部屋に入門。2015年三月場所で初土俵を踏む。幕内最高優勝3回、殊勲賞6回、敢闘賞1回、技能賞3回
コーディネート・金本光弘
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