浦和レッズ一筋でプロ12年目。宇賀神友弥の長いキャリアを振り返っても、今季ほど厳しいポジション争いを強いられているシーズンはないだろう。メンバー外となり、スタンドから試合を眺めることも珍しくない。
それだけにリーグ再開初戦となった8月9日の北海道コンサドーレ札幌戦は、不退転の覚悟で臨んでいた。
トレーニングから「俺もいるんだ」とスタメンにこだわる気持ちを前面に出し、ハードワークをしてきた。そして、3試合ぶりにつかんだ先発出場の機会。
「自分の出た試合で勝たないと、次はもうないなと思っていました。監督は結果を重視しますから。正直、今回の負けは、僕個人にとってもかなり痛い。大きなチャンスを逃してしまった」
試合翌日、率直な思いを吐露したが、その表情は暗くなかった。
札幌戦でつかんだ手応えもある。今季、初めて左サイドバックで出場。3日前の練習で急きょ右からポジションを移すことになったものの、長年慣れ親しんできた場所から見る景色はしっくりきた。
自然と蹴りやすい場所にボールを置くことができ、スムーズに縦パスを出せた。2センターバックの左に入る槙野智章とのコンビネーションもあうんの呼吸。
「やりやすかったですね。久しぶりの左は楽しかった」
練習からトライ・アンド・エラーを繰り返しているプレーもピッチで一部表現できた。
相手と駆け引きしながら江坂任のクロスに飛び込み、中央寄りのポジションでボールを受けて、興梠慎三にスルーパス。相手にプレスをかけられたときには立ち位置を変えて逃げ道をつくり、極力後ろにパスを下げないことも意識した。
お手本としているのは、同じポジションでプレーする同世代の仲間だ。
「ダイゴ(西大伍)の良いところは盗むし、マネをしている。変なプライドを持っても仕方ないので。自分はそういう人間ではない。すごいものはすごい。良いものはいい。ファーストタッチひとつとってもそう。相手をぎりぎりまで見て、逆を取るのがうまい」
じっと観察しているだけではない。本人に直接尋ねることもある。「ダイゴはふんわり答えてくれる」。
気になることがあれば、昔から誰にでも聞いてきた。理由は明快である。
「自分自身、身体能力も技術も特別に優れているわけではない。それが分かっているから何かひとつでもプラスにしたいと思い、人に聞くんです。マネをしているだけではなく、試合でトライして、プラスアルファーで自分の良さを出していかないといけない」
崖っぷちに立たされても、腰が引けることはない。練習で積み上げてきたものを出すのが試合。根本は揺らがない。ピッチに入ると急にスイッチが入り、自らに言い聞かせる。
「自分ならできる。もしもすべての力を出し切って、できないときは、それがいまの自分の実力。ここでできなければ、自分の責任」
経験を積み重ねて、潔く割り切ることができるようになった。
アマチュア時代は勝負どころで思うようなプレーができず、機会をつかみ損ねたことは一度や二度ではない。
浦和ユース時代にもAチーム入りが懸かった試合で実力を発揮できなかった。
それでも、流通経済大学からレッズ入りするチャンスをものにしてからは、いまの思考法に近づいてきた。
すべて吹っ切れたのは、プロ1年目でいきなりスターティングメンバーに名を連ねた開幕戦。対戦相手は、前年王者の鹿島アントラーズである。
「対面したのは、同じ年齢の内田篤人選手(引退)。当時はバリバリの日本代表ですよ。一方、こっちはまったく無名の大卒ルーキー。勝てなくても当たり前。勝てば、俺が日本代表でしょ、という気持ちでプレーできました。
プロ1戦目から割り切って、戦えるマインドを持てたことで変わりました。いま思えば、ターニングポイントのひとつ。内田選手のおかげかもしれませんね。
あの試合は、自分の特徴を出せたと思います。ボールを持ったら、とにかく仕掛けて行きました。ポンテにはよく怒られたプレーですね(苦笑)。何も考えずに勝負していたので。まあ、それが良さでもあったと思います」
J1デビュー戦となった2010年3月6日の試合は0-2の敗戦。ただ、結果をネガティブに捉えることはなかった。
初戦で自信をつかむと、2戦目から堂々とプレーし、プロ1年目から26試合に出場。十分すぎる数字を残した。
「負けたからすべてダメではない。必ず得られるものはある。すべてはその人次第。たとえ、失敗しても、何か一つでも気づくことができれば、それは成功です」
前向きな発言ばかりを聞いていると、不安を募らせることがない人のように思うが、そうではない。
試合に向かうまでは、いつも心配が尽きない。前日、宿泊ホテルの部屋でひとりになると、良からぬことばかりが頭に浮かぶ。
「あしたダメだったら、どうしようか。俺のところからやられたらどうしようかって。ピッチに入って、スイッチが切り替わるまではすごくネガティブになります。でも、不安だから、いろいろな準備するんでしょうね」
プロフットボーラーとはいえ、スーパーマンではない。
宇賀神はすべてをさらけ出し、等身大の己を見つめながら、前に進んでいる。
泥臭くても、格好悪くても、心の奥底も隠すつもりはない。昔も今も危機感はずっと持っている。
「プロサッカー選手という職業はそういうものだから。試合に出場できなければ、クビ。年齢が上がってくれば、余計にそうです。出場機会が減ってくれば、より危機感も覚える。だけど、僕はこの状況を楽しんでいますよ。どのように打開していこうかなって。いましか感じることができないことでしょ。難しい時期こそ、サッカー選手として成長できると思っている」
今夏にはフランスのマルセイユから酒井宏樹が加入。同じポジションに補強された新戦力は、ヨーロッパの第一線で実績を残してきた現役の日本代表である。
東京五輪にはオーバーエイジとして出場。ここからより一層厳しいポジション争いが始まるものの、宇賀神は胸を踊らせていた。
「大きなチャンスです。世界で戦ってきた酒井選手は、僕にないものを持っていますからね。ディフェンスするときの距離感など、練習から肌で感じてみたい。プレーの幅を広げるために、いろいろと盗もうと思っています。いま考えるだけでも楽しくなってきますね」
前だけを見ている男は、心から声を弾ませていた。
レッズでの大きな目標は変わらない。
平川忠亮コーチが現役時代に残した336試合出場。
残りは「51」。平坦な道のりではないが、一歩一歩近づいていくつもりだ。
7月22日、敬愛するレジェンドの引退試合に参加し、新たなモチベーションも生まれた。
「僕も引退試合をやりたい。やってもらえるような選手になりたいと強く思いました。そのためにも、チームにもっと貢献したい」
年齢を重ねて、レッズ愛は深まるばかり。さらなる進化を誓う33歳は、これからもすべての力を心のクラブに注ぎ込んでいく。
(取材/文・杉園昌之)