敵地の鳥栖で噛み締めた1勝は感慨深かった。12試合ぶりの無失点勝利を収め、連敗は「3」でストップ。浦和レッズ一筋11年目となる32歳の頭をよぎったのはそれだけではない。
「あのスタジアムで、ここ4年間勝てていなかったですから。苦い思い出もあります。最終盤の残り2節(33節)で、3年連続(2012年から14年)して勝てない時期もありました」
今季の宇賀神友弥自身にとっても、大きな1勝となった。9月26日、横浜FC戦で途中出場し、約1カ月半ぶりにケガから復帰。翌節以降は先発に名を連ねながらも、再起戦を含めてホームで屈辱の3連敗を喫した。熱のこもった手拍子が鳴り響く埼玉スタジアムでの敗北の重みは、誰よりも痛感している。
「自分が出ている以上、勝てていないことに責任を感じていました」
そして、ようやくその嫌な流れを断ち切ることができた。内容にも一定の手応えを感じている。西川周作のPKストップに救われた面もあるが、総じて守備は安定していた。フル出場して勝利に貢献すれば、表情も自然と和らぐ。
「今季は僕自身、ずっと試合に出ているわけではないので、自分がピッチに立った試合での1勝はすごく大きかった。勝つことの素晴らしさをあらためて実感しました」
思いのこもった言葉には、ここまでの苦労がにじんでいた。
イチからチームを再構築していた開幕前の沖縄キャンプは、昨秋に負ったケガの影響により、別メニューで調整。2月中旬に戦列に戻ったときには、厳しい立場に立たされていた。「いまの自分はポジション争いにも加われていない」。それでも、下を向くことはなかった。「いつか必ずチャンスは来る」と信じて努力を続けること5カ月。連敗していた最中の8月15日、サンフレッチェ広島戦で今季初めて先発出場して無失点勝利を飾り、中3日で続いたガンバ大阪戦もスタートからピッチに立って2連勝に貢献。左サイドバックでも、さすがの存在感を示した。苦難を乗り越えて、ここから波に乗っていくと思った矢先である。再びケガで戦線離脱することに……。
「正直、チャンスを逃したと思い、落ち込む自分もいました」
今季、二度目のリセットである。冷静に自らを見つめ直し、心を整えた。
「ケガしているときにしかできないこともあるだろって」
普段は取り組まない重りを使った筋力トレーニングもそのひとつだ。試合の日はスタンドからピッチを俯瞰し、イメージを膨らませながら集中して観戦。止まらない失点の原因はどこにあるのか。局面だけをファーカスするのはではなく、一連の流れを紐解いて、じっくり分析した。
「気になったのは、前から守備に行くときの連動性。どこでプレスのスイッチを入れるのかが大事です。状況を見極めた上での入れどころですよね。そこが中途半端になっているなと。もしも僕が入ったら、そのスイッチを入れる役目を果たそうと思いました」
約1カ月半にわたり、戦列を離れていたが、脳は休みなしでフル稼働させていた。練習に復帰すると、頭で描いてきたイメージを具現化。トレーニングから戦力として計算できることを少しずつ証明し、チャンスをつかんだ。
静かなスタジアムには宇賀神の大きな声がよく響く。前に立つ左サイドハーフを動かすのはお手の物。関根貴大、汰木康也の効果的なプレスが目立つのも、後ろの声の影響は少なくないだろう。
「周りが迷いなくいけるように声を出しています。周りを生かすのは、僕の特徴の一つ。たとえ、関根のところでボールを取れなくても、次の場所で狙えるようなタイミングで行くようにコーチングしていました。鳥栖戦でも状況に応じて、パスを出された先でガチャンと行ける距離でプレスに行けていました。相手のミス待ちではなく、こちらが意図的にはめこんだ形です」
プレスのスイッチを入れるとは、まさにこのこと。1手2手先を読んで、味方を動かすのが宇賀神のコーチングだ。
もちろん、指示役だけではなく、実行役もこなす。球際の強さは相変わらず。それも、周囲との連係あってのことだという。
「後ろに槙野がいてくれるから気にしないで行けるんです。僕がかわされても、あいつがいる。そこの信頼関係は築けていけます。槙野も同じだと思う。あいつが行けば、僕がカバーしますから」
あうんの呼吸である。攻撃面でもコンビネーションの良さを垣間見せた。センターバックの槙野から来た横パスをワンタッチで、前線の武藤雄樹と興梠慎三にピタリとつける。鳥栖戦でも涼しい顔で何本も通した勇気あるくさびのパスだ。これも意思疎通が図れていたからこそのプレーである。
「前がシンゾウ、武藤だったから。『どんどん入れてこい。パスを出すタイミングで動くから』と言われていたので。ダテに長くやっていませんよ」
リスクは承知。パスカットされれば、たちまちカウンターを浴びるが、そこは経験が為せる技だろう。味方の動き出すタイミング、相手のポジションを見ながら、ぽんと通してしまう。口元をふっと緩める顔には余裕がある。
「駆け引きを楽しみながらやっています」
レッズでは10年近く3-4-2-1システムの左ウイングバックを務めてきたが、いま左サイドバックとして充実の時を過ごしている。インサイドに入って中盤の組み立てにも参加すれば、サイドから中央へ斜めにランニングしてクロスに飛び込んでいく。新しい取り組みに新鮮さを感じ、日々多くのものを吸収している。
「相手がサイドバックのところではめにきたときにいかにいなせるかで、ゲームは大きく変わってきます。自分のところで自信を持って受けて、うちのドリブラーにいい形でボールを渡したい。サイドバックといえば、上下動を言われるけど、それはやって当たり前。いまのチームでは、どれだけゲームを読んでプレーできるかが大事になってきます」
思考がきちんと整理されているからか、自らの考えがすらすらと言語化されていく。柔軟な頭脳で考えて努力している男の成長に頭打ちの文字はない。
「最近は若い選手がほかのチームでもたくさん出ていますが、僕は負けませんよ。自分の口で言うよりも『まだまだ宇賀神、すごいね、必要だね』と周りから言われるようなプレーを見せていきたいです」
まずは10月18日のベガルタ仙台戦。ホームで6戦ぶりの白星を誓う。
「ファン・サポーターの人たちにどんな形であれ勝利を届けたい。泥臭くても勝たないといけません。それをプレーで示します」
噛めば噛むほど味が出る。宇賀神の賞味期限は、まだまだ切れることはない。男の渋みが増すのはこれからだ。
(取材/文・杉園昌之)
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