今季、キャプテンマークを巻く機会が多い34歳のベテランDFが前半戦のターニングポイントとして挙げたのは、公式戦9試合目のゲームだった。
「鹿島アントラーズ戦だったと思っています」
槙野智章は「勝手に」と前置きしながら、つまり、チームの総意ではなく個人的な感覚であることをはっきりさせたうえで、そう話した。
4月3日に埼玉スタジアムで行われたJ1リーグ第7節で、浦和レッズはライバルを2-1で下した。スコアは僅差だが、内容は完勝だったと言っていい。
「あの日は、リカルド(ロドリゲス)監督の誕生日だったんですよね。たまたまですが、僕がPKキッカーに任命されて、ゴールを決めることができました。あの試合辺りからですね。小泉(佳穂)や明本(考浩)、伊藤敦樹といった新しく入った選手、若い選手がチームの一員にようやくなれたな、と感じられたのは」
レッズはJ1リーグを22試合、YBCルヴァンカップを8試合、天皇杯を3試合、合計33試合の公式戦を終え、中断期間に入った。
ルヴァンカップではベスト8であるプライムステージに、天皇杯ではラウンド16にそれぞれ進出。J1は10勝5分7敗の勝ち点35で暫定5位につけている。新監督を迎えたチームの前半戦としては上々の結果と言える。
ただシーズン序盤、槙野の言う「ターニングポイント」を迎えるまで、レッズは公式戦8試合で1勝3分4敗と苦しんでいた。
3月14日の横浜F・マリノス戦では0-3、同21日の川崎フロンターレ戦には0-5の大敗を喫した。リカルド ロドリゲス監督はチームに攻撃的なスタイルを植え付けているが、リーグ1、2を争う攻撃的な両チームに「攻撃的なサッカーとは、かくあるべき」とレクチャーされたかのような敗戦だった。
それでも、暗中模索ではなかった。
槙野はその先に光を見出していた。
「敗戦のなかにも負け方があります。西川(周作)選手をはじめとしたベテランの選手たちが、結果が出ないからと言って、ここ2、3年でやってきた守備的なサッカーに戻らないよう、チーム全体に促した。リカルド監督が求めるサッカーをやり続けようと。ボールを保持することやゴールに向かうことを負けた試合の中でもやり続けた。それがめちゃくちゃ良かったんですよね」
むろん、川崎戦の敗戦にショックを受けた選手は少なくなかった。特に今季加入してきた若い選手にとっては、彼我の差を突きつけられた試合になった。
それでも槙野や西川は、「やり続ける」ことを主張した。
戦い方、考え方は間違っていない。目先の結果だけを考えれば遠回りかもしれないが、最終的には目標への近道となることを知っているからだ。
大敗してもブレずに貫いたことが鹿島戦での結果につながり、それによって自分たちの戦い方に対する自信を得ることができた。
「あの勝利によって、チームがひとつにまとまり始めた感覚がありましたね」
チームがひとつにまとまってきたことを槙野が感じられるのは、こんな場面だ。
「小泉にせよ、柴戸(海)にせよ、敦樹にせよ、明本にせよ、うまくいかないときに『もっとこうしたほうがいいんじゃないですか?』と提案してくるんです。トレーニングキャンプやシーズン序盤は、どちらかと言うと、こちらが投げかけたことに対して『はい』と答える感じでした。
でも、今はこちらがアクションする前に、彼らから提案してきて、会話のラリーが増えてきた。しかも、自然にできるようになってきたんです。それがチームとして成長したことだと思います」
若手や新戦力が自信をつけ、既存の選手やベテランが彼らを認めることでチームがまとまっていく。選手個々の戦術理解度も深まり、ポジション争いも熾烈になっていった。
リカルド ロドリゲス監督には、Jエリートリーグからカップ戦、カップ戦からリーグ戦、リーグ戦の途中出場からスタメンへ、というように、目に見える結果を出した選手にチャンスを与えていく傾向がある。客観的に見ていても、基準がわかりやすいが、実際に選手たちに言葉で伝えているという。
「最近では、みんなの前で大久保(智明)の話をしていました。『数カ月前はメンバーに入れず、紅白戦ですらプレーできないこともあったが、普段の練習で毎日努力してきた。だから私はチャンスを与えたし、いいプレーを見せたから今、リーグ戦に出ている』と。そういうことを練習中にはっきり言いますね」
一方、ドライでシビアな面もある。
「試合前でも『手を抜いたり、下手なプレーをしたりすれば、すぐに代えるぞ』と言っています。それと、リカルド監督の凄いところは、試合前日に試合に出る組と出ない組で分かれたとき、試合に出る組の選手が『これくらいでいいか』という感じで手を抜くと、パンと代えるんです。『チンタラやっているな』とか、『うまくいってないな』となったら、躊躇せずに代えて、実際に試合当日のメンバーも代わっている。そんなことも普通にありますからね」
そのシビアさこそがチーム内の競争移籍を高め、今のいい雰囲気を作り上げている。
出場機会を得られていない選手でも、トレーニングでのアピールが実ればチャンスをもらえ、試合で結果を出せば、その先につながっていくからだ。モチベーションが高まらないはずがないだろう。
もちろん、試合に出ている選手も気が抜けない。それは槙野も感じている。
「だから、試合に出ている選手には責任と覚悟が生まれます。毎試合毎試合、常に崖っぷちですよ」
そう言って槙野が見せた表情は、「崖っぷち」という言葉からイメージするそれとは反するものだった。浮かべていたのは険しさではなく、笑みだった。
ポジションが確約されていたほうが精神的に安定するようにも思えるが、槙野はそれを否定する。自身が「崖っぷち」と思える状況にいることもポジティブに捉え、歓迎している。
「試合に出られる環境に慣れると、パフォーマンスは上がってきません。どこかで刺激が入らないといけないし、『油断したら、この選手にポジションを取られてしまう』という危機感がないと、個人としてもチームとしても向上しない。
トミー(トーマス デン)がケガから復帰してきたし、(新加入のアレクサンダー)ショルツも加わるわけだか、僕もどうなるか分からない。でも、どんどん選手が代わっていったり、チーム内に競争意識が芽生えるのはポジティブなことしかないんですよ。チームが勝つこと、チームが上にいくことがすべてですからね」
約1カ月の中断期間を経て、8月9日に札幌ドームで行われる北海道コンサドーレ札幌戦から戦いの日々が再開する。
槙野が「上」と表現した目標は明確だ。
「ACL(AFCチャンピオンズリーグ)の出場権を獲得したいし、天皇杯、ルヴァンカップと、獲れるタイトルはすべて獲りたい。楽しみでしかないですよ。酒井宏樹、江坂任も入ってきたし、ショルツもいつ来日できるか分からないけど、間違いなくチーム力を高めてくれる存在。前半戦以上の喜びと最高の時間をみんなで共有できる自信があります」
その言葉どおり力強く、槙野は闘う。チームのために、チームとともに。
(取材/文・菊地正典)
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