こんな気持ちでシーズンの開幕を迎えるのは、どれくらいぶりだろうか。
沖縄での2度のキャンプが終了し、最初の公式戦であるYBCルヴァンカップのベガルタ仙台戦を迎えるまでの間、槙野智章は確信を持てずにいた。
果たして、自分はスタメンで試合に出られるのだろうか――。
大槻毅監督が初めてプレシーズンから指揮を執る今シーズン、長らく採用されてきた3バックから4バックへとシステムが変わった。
センターバックのポジションは「3」から「2」へ。
それは、ポジション争いの激化を意味していた。
実際、キャンプでは槙野、鈴木大輔、岩波拓也、マウリシオの中でさまざまな組み合わせが試され、槙野自身も誰がレギュラーなのか見当がつかなかった。
「本当にシャッフルしていましたからね。誰とのコンビのときに自分がうまくやれているのかも分からなかったし」
だが、それでも自身が外されることはない、と信じてもいた。
「何年もずっとやってきたし、代表だって経験しているし、このチームで築き上げてきたものだってある。そういう意味では、出られなくなるのは、まだまだ先の話かなって、正直思っていましたね」
しかし、その想いは、裏切られた。
ルヴァンカップの仙台戦のスタメンに、槙野の名前はなかったのだ。
「ああ、そっかー。出られなくなるのか……って。そりゃ、悔しかったですよ。もちろん、納得はしていない。納得するときは、引退するときですから」
チームは5ゴールを叩き込み、仙台を下した。その派手なゴールラッシュをベンチから眺めた槙野は翌日、筑波大学との練習試合に出場する。
公式戦翌日に組まれた練習試合にフル出場するのは、初めてのことだった。
初めてだからこそ、「なんで、俺がここに」という悔しさが改めてこみ上げた。
そして、初めてだからこそ、感じたことがあった。
「これまでずっと試合に出てきたから、サブ組の練習試合がどんな雰囲気なのか、知らなかったんですよ。で、自分が実際に入ってみると、アピールして上に這い上がってやる、ポジションを奪ってやるというギラギラしたものをあまり感じなかった。俺は本気でレギュラーに返り咲きたい。だから、公式戦のテンションで戦いたいし、こっちで出る以上、この雰囲気も変えたいとすげえ思って……」
槙野はそれ以上多くを語らなかったが、嫌われ役を買ってでも、訴えたいことがあったに違いない。
もっとも、槙野が今、悲壮感を漂わせているわけではない。シーズンはまだ始まったばかりだからだ。
「取り返せるチャンスはいくらでもありますからね。それに、新鮮でもあるんですよ。これまでは試合に出るのが当たり前だったから、こういう状況を迎えて、自分のプレーを見直したり、やるべきことを整理したりするいい機会だなって。自分はとにかく与えられた仕事を一生懸命こなすだけ。ウダウダ言ってはいられない。
だから、今年はいろんなものが見える1年になるんじゃないかなって。サッカーへのアプローチの仕方もそうだし、周りとの関係性もそう。この数日間、人の動きとか、周りのことをすごく観察している自分もいて、面白いですよ(笑)」
槙野の悔しい気持ちを、少しだけ和らげているものがあるとすれば、それはチームが好調であることだ。今季からトライしている4-4-2の新システムと、アグレッシブで攻撃的なスタイルの仕上がり具合がいいのである。
「やりたいことが明確に整理されているし、ここ2、3年、せっかく獲得しながら宝の持ち腐れになっていた選手たちが、ようやく生き生きとプレーできるようになってきた。それはすごくいいこと。
試合に出続けることを自分が一番望んでいるし、負けているとも思ってないけど、30歳以上の選手ばかりがスタメンに並んでいるのがチームにとって良くないのも確か。だから、監督が変化を求めようとすることは理解できる」
2年前には日本代表としてワールドカップのピッチに立ち、昨年AFCのアジア年間最優秀選手の候補にノミネートされた男に突如、訪れたサブ降格の危機――。
だが、悔しさを覗かせながらも、その状況をポジティブに楽しんでもいる。
そして槙野は、冗談とも、本気ともつかない、こんなことを言って笑わせるのだ。
「このままポジションを奪い返せなかったら、子どもの頃からの夢であるFWにチャレンジしようかなあ。そのいい機会だと捉えることにしますよ(笑)」
かなり本気のようにも感じられたが、どちらにしても、こうして明るく振る舞う姿を見ていると、練習試合に代表されるような熱い想いを聞いてしまうと、まだまだ浦和レッズに必要な選手だと、改めて思わずにはいられない。
4-4-2の新システムやスピード感溢れる攻撃的なスタイル、新助っ人のレオナルドだけでなく、槙野智章の逆襲も間違いなく今季の浦和の見どころのひとつだろう。
(取材/文・飯尾篤史)
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