果たしてどれだけ盛り上がるのか、どれだけの戦いを見せられるのか――。
日本初の女子サッカーのプロリーグであるWEリーグの開幕を9月12日に控え、ワクワクしている女子サッカー選手は少なくないことだろう。
三菱重工浦和レッズレディースの右サイドバック、清家貴子も開幕を待ちわびているひとりだ。
だが、清家は他の選手たちとは異なるワクワク感も抱いている。
「シンプルに、試合をするのが楽しみなんです」
清家にとって12日に行われる日テレ・東京ヴェルディベレーザ戦は、出場すれば実に昨年12月29日以来となる公式戦なのだ。
その日、清家はレッズレディースの一員として皇后杯決勝のピッチに立っていた。対戦相手はベレーザで、2020年シーズンのなでしこリーグを制したレッズレディースにとっては2冠の懸かるゲームだった。
この大一番で、清家は立ち上がりから右サイドを駆け上がり、ピンポイントクロスで決定機を演出した。
もともとFWだった清家が右サイドバックにコンバートされたのは、森栄次監督が就任した19年シーズンから。「最初は冗談だと思った」と清家は笑うが、彼女のスピードを最大限に生かすためのコンバートだった。
「やればやるほど、自分の特徴を出せるんじゃないかなって感じていました」
その2年間の集大成とも言える場で、清家は右サイドを制圧しつつあった。
「自分の体が、すごく動くなっていう感覚がありましたね」
アクシデントが起きたのは、そうした手応えを感じていた前半20分過ぎのことだった。相手選手と交錯して負傷し、途中交代を余儀なくされてしまうのだ。
左膝前十字靭帯損傷――。
全治8カ月を要する重傷だった。
「自分の体が持っている以上のパワーが出ちゃったのかなって。体が動くときほど、ケガをしやすいものなので、そう感じています。あの試合は、自分のサッカー人生で一番と言えるくらい、悔しい試合でした。自分がケガをしたこともそうですけど、チームの戦力がダウンしてしまって、結果、負けてしまった。すごく悔しかったです」
1月4日に手術を終えた清家はそこからリハビリを開始する。1カ月目、2カ月目、3カ月目と、ここまでにこれが出来るようになりたい、という目標を定め、リハビリ期間を過ごした。
その際、よりどころとなったのは自身の経験である。
実は清家は過去に2度、右足の前十字靭帯を損傷するケガを負っていた。
「自分なら復帰できるというのが、自分で分かるというか。今はちょっと痛いけど、来月には良くなるだろうっていう考え方ができたんです」
復帰に向けて、気持ちを奮い立たせてくれたアスリートもいた。
「堀口恭司選手です(笑)」
清家が負傷した2日後の大晦日、かねてからファンだった堀口が、右膝前十字靭帯断裂と半月板損傷から約1年4カ月ぶりの復帰戦となるRIZIN.26で朝倉海を下し、完全復活を果たしたのだ。
「もともと好きだったんですけど、復帰戦であんなに人を熱くさせる戦いを見せられるんだって。さらにドンと好きになりました。私も復帰戦であそこまで観客を沸かせられるようなプレーをしたいって、リハビリのモチベーションになりました」
今年7月、レッズレディースの練習場には清家の姿があった。懸命なリハビリの末、予定された復帰時期よりも早くピッチに立てたのだ。
「周りからも、早いねとか、焦らないようにね、って言われたんですけど、自分としてはその分、リハビリの量も練習量もケアも人よりやってきたという自負があります。その成果で早く戻ってこられたと思っています」
右サイドバックにコンバートされたことがきっかけで、19年になでしこジャパンに選出された清家は、今回の大ケガによって東京五輪への出場を逃すことになった。
さぞや無念かと思いきや、当の本人は気丈に前を向いている。
「代表に選ばれるようになったのはここ1、2年なので。たぶん他の選手たちと比べたら、そこまで東京五輪の存在が自分の中では大きくなかったと思うんです。それ以上に、レッズで試合に出られないことのほうが悔しかったし、むしろ、WEリーグの開幕には間に合うので、ケガをしたのがあの時期で良かったなって。
3回も前十字をやってワールドカップやオリンピックで活躍した選手もいないと思うので、再び代表に選ばれるようになって、ケガをしている選手たちに勇気を与えたいですね」
大ケガを乗り越えてそう話す清家は、さっそく同じ境遇の選手に寄り添い、エールを送っていた。
WEリーグの開幕を目前に控えたこの夏、チームメイトの長船加奈が左膝前十字靭帯を損傷してしまったのだ。
「ケガをした時は、私もその場にいて、本当に悲しくて。時期もそうだし、手術やリハビリの辛さとか、気持ちはすごく分かるので。術前は家に氷を持って行ったり、一緒にオリンピックの試合を見たり。ひとりでいる時間は嫌だったりするので、一緒にいたりしました」
12日に行われる開幕戦の相手は因縁のベレーザ。WEリーグ初代女王の座を占ううえでも重要なゲームとなる。
「レッズ以外はかなり選手が移籍しているし、私はプレシーズンマッチに出られなかったので、他のチームがどれくらい仕上がっているか、ちょっと分からないんですけど。やっぱりベレーザが一番嫌な相手ですね。一人ひとりが上手いですから。ともに主導権を握りたいチーム同士がぶつかるので、面白いゲームになると思います」
リーグ開幕に向けて、そして自身の復帰戦に向けて、清家は意気込む。
「開幕に合わせてこの7カ月やってきました。心配してくれたファン・サポーターの方に、大丈夫です、っていう姿を早く見せたい。100%とは言えませんが、90%以上は出せると思うので、早く100%、120%出せるようにしていきたいです。去年以上のパフォーマンスを出すつもりなので、ぜひ見ていてください」
下馬評では前年のなでしこリーグ覇者である三菱重工浦和レッズレディースがWEリーグの優勝候補に挙げられている。その評判どおりに、ボールと人のよく動く攻撃的なサッカーでリーグを席巻するとき、ピッチには右サイドを疾走する清家の姿があるはずだ。
(取材/文・飯尾篤史)
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