リーグ中断前とは、別人のような働きっぷりだ。
自陣から敵陣の深い位置まで走り回り、鬼神のごとくボールを奪いまくっている。カウンターに転じるインターセプトもあれば、ガツンと体をぶつけて奪取する形もある。浦和レッズの柴戸海は、自らの変身ぶりを実感している。
「ネガティブなことを考えないようになりました。たとえ狙った場所でボールを奪えなくても、すぐに戻ればいい。その思考が自分の出足を早くしています。いまは考える前に体が動き出している感じです」
同じボランチの青木拓矢に悩みを打ち明け、助言を受けた影響が大きいという。緊急事態宣言が出ていた5月、『浦和レッズニュース』のリモート取材で対談したときのことだ。プロ13年目となる先輩の言葉は、24歳の心に響いた。
「ミスは気にしないのが一番。気持ちは分かるよ、昔は俺もそうだったから。(柴戸)海は気にして消極的になることもあるけど、気にしている素振りを相手に見せてはいけない。逆に狙われてしまうよ」
練習場では細かいポジショニングや距離感については話し合ったりしていたものの、メンタル面のことは一度も相談したことがなかった。
「あの対談で青木くんの内面を知り、失敗は気にしても仕方ないと思えたんです。誰でもミスはあるものだと割り切れました。一つのミスを引きずらなくなったことが、中断前と比べて最も改善されたところだと思います」
6月から再開した全体練習では、ミスを恐れないように意識して取り組んだ。トレーニングマッチの映像を自宅でチェックし、ピッチで具現化できているのかを確認。育児に励むパパは幼い子どもが寝ているすきに、妻に「ちょっとだけ見せて」と断りを入れてから再生ボタンを押し、気になる場面まで巻き戻しては何度も見ていた。行き着いた先の答えが大胆なアタックである。
「ボールを奪いに行くときは、躊躇してはいけない。体を入れ替えられたらどうしよう、後ろに穴を開けたらどうしようとか、一瞬でも不安が頭によぎるとダメ。出足が遅くなり、ボールを奪えなくなります」
そして、再開初戦となった7月4日の横浜Fマリノス戦に照準を合わせ、気持ちを高ぶらせた。横浜出身の柴戸は中学生のときに、マリノスアカデミーのセレクションに不合格になったことがあり、いまだにその悔しさを忘れていない。
「勝手な因縁ですけど、見返してやるぞと一人で思っていました」
いざ先発でピッチに立つと、中盤でことごとく相手の攻撃をストップ。後ろに構えている最終ラインとボランチを組んだ青木を信じて、果敢にボールを奪い続ける。結果はスコアレスドロー。シャットアウトした守備には確かな手応えを得ている。
「自信につながり、僕もやれるんだと証明できたと思います」
続く7月8日のベガルタ仙台戦では、より豪胆になっていく。56分の予測を生かしたパスカットは圧巻。敵陣深くで狙いを定めたスライディングでインターセプトし、そのままミドルシュートを放つ。得点にはつながらなかったが、計算どおりの守備だった。
ボールを持つ相手の目を見て、パスコースを限定。セオリーを考えれば、リスクを冒せない場面だったかもしれない。それでも、確信に近いものを感じ、仕掛けたのだ。
「あの場面は、あそこしかないと思っていました。もし外されても、戻ればいいので」
そして本人が満足そうに振り返ったのは83分のプレー。相手のヘディングでのクリアが小さくなることを読んで、思い切って前に飛び出した。頭で関根貴大へつなぐと、レオナルドを介して、興梠慎三の決勝ゴールが生まれた。クラブ通算100ゴールのおまけ付きである。
「あれはうれしかったですね。シンゾウさんの100ゴールにつながりましたし、勝利にも貢献できました」
マインドの変化は攻撃面でも生かされている。仙台戦ではピッチ中央付近から前線のレオナルドへ勇気あるくさびを入れ、好機を演出してみせた。
「リスクばかり考えていたら、縦パスは出せないです。ポジティブなミスはしてもいいと思っています。ただ、仙台戦はほかに反省するところがあって……」
まだすべてが完璧ではない。試合後は自宅または宿泊ホテルに戻り、その日のうちに試合映像をチェックするのがルーティン。19時キックオフの仙台戦後は、就寝が25時過ぎになりながらも、さっそく課題を見つけていた。
「橋岡が右サイドから真ん中へ斜めに走った場面が2回あり、そのとき僕が裏にパスを出していれば、いずれもゴールにつながったかもしれません」
前節の鹿島アントラーズ戦は途中出場だったが、いまや欠かせない戦力と言っても過言ではないだろう。この夏の連戦ではキーマンになるかもしれない。
「暑くてもバテることはないですね。自分ではそう思っています。これからもしっかり走って、ボールを奪い、さばいていきます。イチフナ(市立船橋高)と明治大で鍛えられてきましたから」
口調は大人しくても、その表情には自信がにじみ出ていた。相棒の青木が「次元が違うほど走れる」と絶賛するタフガイの潜在能力は、底知れない。覚醒した大卒3年目のボランチには、まだまだ伸びしろがある。
(取材/文・杉園昌之)
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