「痛っ」。
左足でボールを蹴ったその瞬間、藤井智也は足の筋肉が硬直するのを感じた。
足がつった。この試合、二度目だ。
痛みに顔を歪めたその時、ゴールの中に入ったボールを鮎川峻が拾い上げる姿を、はっきりと見た。
「やった。(鮎川)峻がやってくれた」
歓喜で拳を握ったその時、足にまたも激痛が走った。
「勝利への執念」という言葉を藤井智也という若者から耳にしたのは、これまでほとんど記憶にない(4月27日撮影)
ルヴァンカップ第5節・横浜FM戦(5月5日)の90+6分。負ければ敗退が決まるギリギリの場面で、藤井は鮎川の同点弾をアシスト。勝点1をもぎ取る原動力となった。
77分に両足がつる。しかし交代枠が尽きていたこともあり、痛みをこらえつつも走る。その頑張りが最後の最後、大きな花を咲かせたのだ。
4月10日、Jリーグ第9節・対湘南戦で先発した藤井は45分で交代を命じられた。
得意とする突破も散発。守備も貢献できない。持ち味の泥臭さも見られない。
外から見ても交代は致し方ないと思わせる出来だった。
「身体を当てられて、そこでやられてしまった」(藤井)
湘南戦で味わった悔しさを、藤井は成長への糧にしようとしている(4月27日撮影)
しかし、そこから彼は下を向かなかった。
トレーニングでは鮎川峻にずっとクロスを入れ続けて磨きに磨き、懸垂などのフィジカルトレーニングに取り組み、肉体強化も図った。「頑張っているね」と声をかけると「強くならないといけないから」と笑った。
「湘南戦がきっかけになったと思う」と足立修強化部長は言う。
「ポジションはどこであれ、自分のストロングを見せつける。その大切さを、あの試合で湘南が見せてくれましたからね」
では、藤井智也の良さとは、何か。
「とにかく縦に走り、強気にゴールを目指す。駆け引きを考えるのはやりきった後でいいんです」(足立部長)
ゴールにむかう意識の強さは、横浜FM戦でのシュートでも現れた(4月27日撮影)
ルヴァンカップ清水戦(4月28日)では決勝点となるオウンゴールを演出し、横浜FM戦では魂のアシスト。
結果を出し始めた藤井智也の最近の口癖は、こうだ。
「戦う姿を、サポーターにお見せする」
その闘志が、苦闘する広島のエネルギーとなる。
藤井智也(ふじい・ともや)
1998年12月4日生まれ。岐阜県出身。高校まで全くの無名だったが、立命館大で才能が開花。50m5秒台の快足を武器に関西大学リーグで活躍し、3年時にはアシスト王に輝く。昨年、広島の強化指定選手となって15試合に出場。正式加入となった今季、第3節札幌戦でプロ初アシストを記録する。最近、髪型を変えたが「いやあ、失敗しました」と苦笑い。
【中野和也の「熱闘サンフレッチェ日誌」】