(写真:アフロ)
「ただ押しました! というだけのハンコは要らないことにしようと」
河野太郎行政改革担当大臣(57)が「脱ハンコ」を押し出し、9割以上の行政手続きでハンコの使用を廃止できると述べた。婚姻届や離婚届の押印廃止の検討も進んでいる。一方で、日本一の印章産地である山梨県知事が政府や自民党本部を訪れ、「ハンコ廃止と言わないで」と要望するなど、業界関係者は危機感を募らせている。全国のハンコ屋はさぞ戦々恐々としているのではないだろうか――。
『沸騰ワード10』(日本テレビ系)の人気コーナーで、名字研究家と日本一の品揃えを誇るハンコ屋の対決「名字頂上決戦」でおなじみの昭和6年創業「はんのひでしま」2代目店主・秀島徹さん(73)に話を聞いてみた。
「業界の中にいる者としては、『ふざけるなバカヤロー!』と反旗をあげるしかないです。どっかの大臣がハンコを悪者にしましたが、全国の自治体も素早く右にならえをした。なぜか。それは我々の業界に力がないからです」
しかし、国民にとっては「ある程度いいこと」だと続ける。
「これまではどうでもいいものにまでハンコを要求されてきました。トラブル回避のために事務手続きとしてハンコを押して、何かあれば『でも本人が承認してある』と逃げられるわけです。そのためだけに押印を求められてきた部分もあります。そういう無駄は省けます」
ハンコの将来についても冷静に分析する。
「印鑑登録制度がすぐに完全になくなることはないでしょう。マイナンバーカードが完全に確立して機能し、安全性が担保されたとなれば印鑑登録制度はいずれ消えるでしょう。マイナンバーカードの進み方次第ですが、10年くらいはかかると思います。
印鑑登録制度は明治3年、今から150年前にできました。スマホやゲームなどの変化の仕方を見ても、時代の変化のスピードを感じますよね。150年前にできたカビの生えた制度がいつまでも続くわけがないんです。時代に合ったものに変えていく必要があると思います」
とはいえ、ハンコ自体がなくなることはないと断言する。
「印鑑証明もなくなったら、“ハンコロス“が起きて一大ハンコブームがきますよ。ハンコの歴史は5500年もあるんです。楔文字よりも古いんです。日本と中国は漢字の文化もあるし、絵や書などにもハンコを押していますよね。日本人はハンコが好きなんですよ。銀行印が消滅して手続きとしてのハンコは消えても、文化として残ります。それは間違いないです」
街のハンコ屋は今後どうなるのか。
「40年前に約6,000軒あったハンコ屋は、現在では2,000軒を切っています。印鑑登録制度がなくなれば、今の3分の1も残ればいいほうではないでしょうか。印章業が消えてなくなるのは時間の問題です。ハンコ屋をハードと捉えるかソフトと捉えるかにもよりますが、ハードとしての専門店は必要なくなります。しかし、落款印(らっかんいん)のような個人の趣味のハンコは残ります」
落款印とは、書や絵画などの作品が完成した際に、作者の証として捺印する印鑑のことだ。
「私の名刺の肩書きは『ハンコデザイナー』、つまりグラフィックデザイナーです。今後はデザイン力がないハンコ屋は消えて行くでしょう。しかし、個人で絵が描けるところは生き残れます。デザイナーが参入することも考えられます。ハンコ屋でハンコを作る必要がないので、例えばデパートの入り口にハンコを作るコーナーができるなど、ハンコ屋の形も変わっていくかもしれません。
なので建前としては『バカヤロー』と言わざるを得ないが、本音は時代の潮流として当たり前だと思っています」
ちなみに記者は珍しい名字だと自負しているので、「日本一の品揃え」が本当なのか試してみた。ちなみに、生涯でわざわざ作らずに買えたことはない。改めて名字とその漢字を伝えると、
「おー、それは珍しい。せっかくだから出してあげましょう。ちょっと待ってください。た、ち、つ……、はい、ございます」
お見事! 無駄な押印は嫌いになっても、ハンコは嫌いにならないでもいいのでは。