新型コロナの影響で大打撃を受けた観光業にとって救世主といえるGoToトラベル。だが、地方住民からは感染拡大への不安の声も聞こえてくる。AERA 2020年9月28日号から。
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慌ただしく始まったGoToトラベルの利用者は8月末時点で1300万人を突破。コロナ前の賑わいにはまだ遠いが、旅行業界を下支えしている。事実、関西圏のある老舗旅館も恩恵を感じている。従業員は言う。
「コロナが流行しだした3月ごろから、お客様の数が信じられないほど減ったのを目の当たりにしました。GoToが始まってからは常連の方はもちろん、初めて宿泊するという方も増えています。これを機にリピーターになっていただければうれしいし、東京が加わることでより多くの方に宿泊していただければと思っています」
■バブル崩壊より大打撃
今回の東京解禁に合わせた、東京発着プランの予約解禁は18日正午。7月からGoTo適用のプランを打ち出している大手旅行会社の読売旅行では、この解禁日時に合わせたツアーも設定。新規旅行客を呼び込もうと意気込み、今回のGoTo東京解禁が旅行の後押しになると歓迎する。
東京商工リサーチによると2020年上半期の宿泊業倒産件数は前年同期を140%上回る72件。これは、東日本大震災後の自粛の影響を受けた11年に次いで2番目に高い。今後も自粛が長引けば、それに比例して厳しい状況を強いられる事業者も増えていくことは間違いない。
読売旅行の担当者は業界の苦しい実情を語る。
「今年の4月から8月まではほとんど休業状態で、先行きが全く見えない状態でした。9月以降、GoToもあり旅行される方は増えましたが、それでも厳しいのが現状です」
昨今のインバウンド需要により、観光業は右肩上がりを続けてきた。だが、予想だにしなかったコロナ禍で訪日客は激減。国内旅行者も足止めを食らった。立教大学観光学部の西川亮助教は言う。
「かつてのオイルショックやバブル崩壊時にも観光業は落ち込み、その都度立て直してきました。ですが、今回のコロナ禍はその時以上のダメージを受けています」
西川助教とゼミ生らが6月に学生745人を対象に実施したアンケートでは、8割以上がGoToを利用したいと回答した。
9月の4連休は外れたが、紅葉シーズンを目前にした東京解禁。同時に、旅行代金の15%相当の「地域共通クーポン」も付与されるなど、菅新政権の肝いりともされる観光事業の後押しには力が入る。これを契機に、コロナ禍のどんよりとした閉塞感を打ち破ることはできるのか。西川助教はこう指摘する。
■段階を経て県またいで
「学生たちからは、安く行けるなら使いたいという声も聞かれます。また、GoToで浮いた宿泊代で食事や土産物代など現地での支出増につながったりするのかや、地域クーポンが実際に利用されるのかも重要です」
今回のGoTo東京解禁を経済立て直しの端緒にしたいと思う人たちがいる一方で、感染拡大への不安から解禁に違和感を覚える人もいる。
「いきなり活性化するのではなく、まずは県内の旅行や飲食への補助をして、感染拡大しなければ県をまたぐシステムにしてほしかった」
東京解禁に強く反対しているという長野県に住む女性(49)は憤る。この夏にGoToで押し寄せた観光客と接触を避けるために、女性は夏休み期間中も自粛する羽目になったという。
都民の移動により、東京から感染が地方に拡大したり、東京に地方から旅行に行った人が感染を持ち込んだりすることに恐怖心を抱くのは、この女性だけではない。
「他県の人からは、大阪も東京と同じように思われているかもしれませんが……」
そう嘆くのは、大阪府に住む女性(45)だ。もし東京解禁で感染がさらに拡大したら、「だから都会の人たちは」と、いっしょくたに批判されるかもしれない。
旅行者たちが一番気にしているのは、旅先の住民の反応だ。西川助教らのアンケートでも、回答した学生の約95%が行き先を決める際には地域の意向を考慮したいとしている。だが、GoToを使って観光を推進したい国と感染対策を優先させたい自治体との意識差が生じるケースもあり、意向を考慮するにしても何を指標にすればいいのかがわからないという声もある。
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■握手より笑顔で会釈
「国や都道府県が推奨したとしても、最終的に影響を与える範囲は市区町村や特定の地区レベルです。まずは地元の事業者や住民の意識に配慮する気持ちが大事です。そして、旅行をするのであれば、基本的な感染対策はもちろん、むやみに住民と話さないなどの注意も必要になるでしょう」(西川助教)
GoTo事業への心配は、感染拡大だけでなく、その手続き業務に対してもある。東京に住む女性(57)は、7月末の旅行の際には混乱を感じたという。
「当時は東京は除外だったので、旅館の予約を一度キャンセルして、神奈川県に住む同行者に予約し直してもらったらGoToの対象になりましたよ。今は宿の予約の際に東京都かどうかで入り口が違いますが、当初は案内も不十分で、現場も混乱していると感じました」
今回急きょ決まった「東京解禁」でも現場が混乱しないか、心配は尽きないという。
ただ、「感染防止対策を十分に行ったうえでの経済活性化」は、旅行を含めすべての場面でいま求められている。観光庁はホームページなどで「新しい旅のエチケット」「新しい旅のルール」を公開。「握手より、笑顔で会釈」「おみやげは、あれこれ触らず目で選ぼう」などの標語を掲げている。
旅先で出会った人に地域の伝統を教わったり、居酒屋で地元住民と話す時間も旅の醍醐味の一つだった。だが、コロナ禍の旅行ではしばしお預け。一人ひとりがコロナ禍を自分事として捉えながら旅することが求められている。(編集部・福井しほ)
※AERA 2020年9月28日号より抜粋
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