コロナ禍で遠方への往来がはばかられる今、ストレスをためている東京都民は多いのではないだろうか。そんなストレスを緩和させる方法として、都内のホテルステイという選択肢がある。海外からの観光客が減った今は、都内のホテルを都民が独占するチャンスでもあるのだ。AERA 2020年9月21日号ではホテルジャーナリストのせきねきょうこさんに、非日常が味わえる都内のおススメホテルを聞いた。
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海外旅行に行けない代わりに、思い切って普段は泊まらない憧れの高級ホテルに宿泊してみるのも思い出だ。せきねさんがそのサービス力に絶大な信頼を寄せる「星のや東京」(大手町)でも、コロナ前の客層は約6割が海外からの観光客だったのに対し、7月からは東京都在住の30~40代のカップルや夫婦、家族が目立つという。広報の新井郁さんいわく「いつもは海外旅行や国内のリゾート地に行かれる方が選んでくださっているように感じます」。
せきねさんが何よりもぜいたくさを感じるのは、最上階にある露天風呂。都心の一等地で東京の空を見上げながら温泉に入る時間、何を考えるだろう。
星のやは、都内近郊の在住者にこそ東京に宿泊して魅力を感じてもらう「東京ステイケーション」を提案する。徹底した「3密回避」を考えた上でのアクティビティーは、参加者にとってかえってぜいたくな企画だ。地上160メートルのビルの屋上で東京の街を見下ろしながらの朝のストレッチ、少人数のナイトバスクルーズ、そしてせきねさんおすすめの人力車遊覧。
「最初はすごく恥ずかしいけど、黒塗りの人力車が日本橋や神田を走っているところを客観的に想像したら、絵葉書のような光景だと思った。いつもと違う目線で東京の街を見るのは刺激的で改めて学ぶこともあるし、やっぱり外で風を感じるのは気持ちがいいです」
■客がいない駅は異空間
クラシカルな東京が好きな人には「東京ステーションホテル」が一番だという。
国指定重要文化財である東京駅丸の内駅舎内にあり、駅開業翌年の1915年に誕生。定宿にしていた松本清張や内田百※(※は門構えに月)ら文豪にまつわるモチーフを随所にちりばめて、2012年に改築した。
メゾネットなど駅舎の形状を生かした部屋のタイプが特徴的で、中でもせきねさんのおすすめは「ドームサイド」の一室。駅舎にある南北の吹き抜けドームに沿って配置され、窓の眼下に人が行きかう改札口前が見える。せきねさんは言う。
「夜中に目が覚めて、ふとカーテンをあけたとき、薄暗く森閑とした東京駅の構内を見下ろして、非日常の光景にドキッとしました。ここでしか経験できない唯一無二の場所です」
8月から都内在住者限定プランとして客室半額キャンペーンを始めたところ、3日間で550室以上の予約が入った。往年のファンが多い朝食ビュッフェも感染対策を見直して復活。シェフが目の前で調理する料理を増やしたり、炊き立ての土鍋ご飯をテーブルごとにサーブしたり、新しいスタイルが好評だ。
マーケティング部の濱純子さんによれば、都の飲食店の営業時間短縮によってホテルの利用者も朝型のライフスタイルに切り替わっている人が多いと感じるという。「太陽が昇りきらないうちに、人の少ない駅舎前の広場や緑の多い丸の内仲通りを歩いて、1日の始まりを過ごしてほしい」と話す。
■冷蔵庫にはシャンパン
最後は、8月5日に外苑前の旧ベルコモンズの跡地にオープンした「THE AOYAMA GRAND HOTEL」。本来五輪の年だった今年は東京観光客を見据えたホテルが次々とオープンしており、SNSで話題のホテルは外国人観光客の少ない今が穴場かもしれない。
「ミッドセンチュリー調の家具は居心地よい快適さがあり、まさに暮らすように泊まりたいライフスタイル型ホテル。青山の地域にホテルは珍しく、この土地ならではの洗練さと非日常感があります」(せきねさん)
手がけたのは、神戸や福岡などで地域の特性を生かしたホテルを運営する「Plan・Do・See」。客室のイメージは、70~80年代に青山で音楽やファッションなどカルチャーを発信していた人が暮らしていたヴィンテージマンションだという。
広報の柳まゆみさんは「外に出なくても楽しめて、わがままが言えるホテルです」。備え付けの冷蔵庫には宿泊費に含まれたシャンパンなどの飲み物やおやつが充実し、20階のルーフトップバーに行けば青山の夜景を一望しながらカクテルを飲める。チェックアウトは午後1時まで可能なため、翌朝も遅めの朝食をのんびりとれるのがいい。GoToトラベルキャンペーン事業の東京除外解除までは、都民限定でワンランク上の客室に無料でアップグレードできる。
せきねさんは、ウィズコロナ時代のホテルについてこう話す。
「マスクを外して深呼吸ができる環境やプライベート感を味わえる静かなホテル、オーナーの顔が見えて信頼できる宿などが選択肢になる。何がぜいたくで何が幸せなことなのか、コロナ禍で人生観が変化し、旅の目的が変わる人も多いはず。ホスピタリティー業界はゴージャスさより、シンプルな上質さにますます傾倒していくと思います」
(編集部・塩見圭)
※AERA 2020年9月21日号より抜粋
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