コロナウイルス感染症の感染拡大と共に、メンタルヘルスの不調が増えています。アメリカでは、2020年6月下旬の時点で41パーセントの成人が精神的・行動的な不調を抱えていると報告されました。不安障害の件数は去年の3倍、うつ病の件数は4倍に跳ね上がったそうです。
そんな状況を受けてか、私の配偶者が勤務する会社が、社員とその配偶者に計10回のカウンセリングを保険で無料提供してくれることになりました。カウンセリングは、保険なしなら1回60分で150ドル(約1万6000円)くらいします。それが無料になるなら行ってみるか、と軽い気持ちで出かけてみたのですが、これが予想以上によかった。何がよかったのか、ちょっとお話させてください。
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まずよかったのは、相手に気を遣うことなく自分の話を好きなだけ語ることができるという点。普通の雑談ではそうはいきませんよね。相手が興味を持ってくれそうな事柄に話題を絞ったり、話に起承転結をつけたり、相手に質問して聞き役に回ったり。でないと心地よい会話はできません。でもカウンセリングでは自分が話し手、カウンセラーが聞き手と完全に役割が分かれているので、そんな気遣いは一切必要ありません。
本格的なカウンセリングに入る前、カウンセラーさんが「先週末は何かしましたか?」と聞きました。アメリカでは、雑談する際の定番の質問です。私は当り障りのない回答を返したあと、つい癖で「あなたは何かしましたか?」と聞き返してしまいました。普段は「あなたは?(What about you?)」と質問して会話のキャッチボールを続けるのが大人のマナー。でもカウンセリングの場ではそんな気遣いはいらないんだと聞いてから気づき、自分のことだけ語れる贅沢さを噛みしめました。
もうひとつのよさは、「共感」をもらえることです。それも、前向きな共感を。正直カウンセリングが始まる前は、「アメリカ南部育ちで白人のおねーちゃんに私の気持ちなんかわかるわけないよ」なんて斜に構えていたのですが、カウンセリングって「わかる」ことは必要ないんですよね。カウンセラーはひと言も「わかる」とは言わず、ただ私の話に耳を傾けて、「それはつまり〇〇ということでしょうか」と言い換えたり、「それは統計的にもよくある傾向です」とコメントを添えたりしてくれました。
■認知的共感で前向きに
共感は、「情動的共感」と「認知的共感」の2つに分けることができるというのが心理学の定説だそう(他にもいろいろな分け方、考え方があるようですが)。わかる~!と感情をくみ取るのが「情動的共感」で、相手の視点に立って理解するのが「認知的共感」です。
コロナ前、私が受け取っていた共感のほとんどは「情動的共感」でした。ママ友同士で集まって、夫の愚痴や子育てのイライラ、育児と仕事のバランス問題なんかを共有し、みんなで「わかる~!」と言い合ってストレスを発散していたのです。それも楽しいし、気持ちが落ち着いたのですが、その気持ちは「認知的共感」でも満たされることがわかりました。むしろ、認知的なほうが気持ちが前向きになることもわかりました。
ママ友同士、夫の愚痴で盛り上がっていると、夫≒世の中の男性がすべて敵に思えてきます。誰かの言葉が引き金となって「そういえばうちの夫もそうだった」と思いだし怒りを感じたり、「なんてひどい話だ」と共感が高じて会ったこともない友だちの夫を憎んだり。自分と同じ視点の人とだけつながって意見交換していると、逆の立場にいる人間が悪者のように思え、怒りや悲しみ、憎しみの感情が増幅されていくような気がするのです。
カウンセリングではそれがありません。自分の感情をカウンセラーの視点を通じて認知的に見つめることができるので、今後の対策が立てられ、気持ちが前向きになります。無料だからという非常に志の低い理由で出かけたカウンセリングでしたが、始めてよかった。通って初めて、自分がメンタル的に疲れていることもわかりました。
このようにさまざまな利点のあるカウンセリング。少しでもメンタルに不調を感じるかたはぜひ受けてみてくださいませ!! ──と綺麗にまとめたいところですが、どうもそう単純に言えない気がしています。というのも、アメリカと比べると日本でカウンセリングを受けるのはハードルが高いように見えるからです。
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■アメリカでは心理的ハードルが低い
アメリカでもコロナで急増する需要に供給が追いついていないと言われていますが、それでもカウンセリングを受けるのに数カ月待ちということは私の知る限りありません。我が家があるのは人口20万人の中都市でアメリカの中では決して大きな街ではありませんが、車で10分以内の場所にカウンセリング・オフィスが11件見つかります。リモートでのカウンセリングも充実しています。カウンセラーは「カップル・カウンセリングに特化した人」「児童心理学の勉強もした人」「仕事のコンサルティングもできる人」などと専門分野が分かれており、目的に合った人へ依頼することができます。一度依頼した人がかかりつけとして固定されるので、継続的に会って信頼関係を築くことができます。
そして何より、心理的なハードルが低いです。「カウンセリングに通っている」と言っても偏見の目で見られることは少ないですし、家族や友人に悩みを相談すると「カウンセリングに行ってみたら?」と気軽に勧められることもあります。我が家のように「全額保険で賄うので早めにカウンセリングを受けてください」と会社から受診を推奨されることもあるくらいです。
コロナ禍でメンタルヘルスへの影響が出ているのは、日本も同じでしょう。日本でももっと気軽にカウンセリングが受けられるようになるといいのですが。カウンセラーの資格、医療保険との兼ね合い、精神科・心療内科との棲み分けなどさまざまな要素があるのでしょうが、まずは心理的な敷居が少しでも下がればいいのかもしれません。
※AERAオンライン限定記事
◯大井美紗子
おおい・みさこ/アメリカ在住ライター。1986年長野県生まれ。海外書き人クラブ会員。大阪大学文学部卒業後、出版社で育児書の編集者を務める。渡米を機に独立し、日経DUALやサライ.jp、ジュニアエラなどでアメリカの生活文化に関する記事を執筆している。2016年に第1子を日本で、19年に第2子をアメリカで出産。ツイッター:@misakohi
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