ひきこもる中高年が50代を迎え、支える親も高齢化し80代。「8050問題」だ。近年の社会問題として論じられてきたテーマが、コロナ禍でさらに深刻化している。AERA 2020年10月19日号は「コロナ禍の8050問題」を特集。
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「もうすぐ50歳。親にもしものことがあれば、経済的に行き詰まる。早いうちに何とか社会復帰したい。焦りはあります」
奈良県に住む男性(45)は、約20年、ひきこもりの生活を続けている。70代の両親と実家で3人暮らしだ。
中学時代に受けたいじめを引きずり、人間関係をうまく築けなくなった。入学した大学も4年生まで講義には出ることなく、中退。当時は就職氷河期で仕事も見つからなかった。就職は一度もしたことがない。
「親は毎日のように『早く働け』と。険悪な関係でしたが、ここ10年ほどはあきらめもあるのか、言わなくなりました」
■母も娘も職を失った
自治体が行う就職氷河期世代向けの公務員試験を受け続けてはいるが、倍率も高く、採用までは届かない。
「コロナ禍で一般企業への就職も狭き門になる中、この採用試験のライバルは増えるでしょう。その心配もありますね」
8050問題──。ひきこもり状態が長引き50代を迎える中高年の子に、その子を支えてきた親も80代を迎え、それら家族を取り巻くさまざまな困難や、社会に支援体制が不十分なことで起こる問題などを言う。40代の子と70代の親で「7040問題」と言われることもある。
内閣府は昨年3月、40~64歳の中高年のひきこもりは全国で61.3万人いるという推計値を発表した。その問題に、コロナ禍がさまざまな影響を与えている。
まずは経済不況で、当事者にとって「仕事を得ること」がさらに難しくなっていることだ。
「私は8050の予備軍だと思っています」
こう話す東京都の男性(36)は、就職の経験は複数回あるものの、そのたびにうつ状態になり、ひきこもりを繰り返してきた。再度の就職を望んでいるが、もはや高いハードルだ。
「『コロナ禍で求人減』『失業率が悪化』などの情報が入ってくることが、さらに就職への精神的なハードルを上げています。今後の人生を切り開く自信を失っている状態です」
職を失った人もいる。神奈川県に住む女性(62)は、33歳の娘が中学時代の不登校がきっかけで、現在までひきこもり状態だ。娘は今年初めにパチンコ店での仕事を得たが、1カ月ほどで店がコロナ休業となり、失職。さらに、女性自身も緊急事態宣言の翌日、10年間続けてきたソフトウェア関係の職を失った。「コロナ禍の業績不振」を理由とした解雇だった。
「もう支えられません。20年後、『未来の8050』が心配です。私は年金で暮らせますが、娘はそれも心もとない」
厚生労働省によると、コロナ禍での解雇や雇い止めは10月6日時点で約6万3千人。毎月1万人のペースで増え続けている。
「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」広報担当理事でジャーナリストの池上正樹さん(58)は、こう警鐘を鳴らす。
「リーマン・ショックのときをはるかに超える規模で『新たなひきこもり層』が顕在化してくる可能性があります」
■外とつながる機会喪失
そんな不安の中、KHJには非正規で働く子どもを案じたり、不登校になった子どもを心配したりする20~40代の親が、「将来、8050にならないでしょうか」と先々まで心配して相談に来るケースもあるという。
もう一つのコロナ禍による影響が、家族会などの「居場所」の喪失だ。徐々に再開するところも出てきているが、公的な施設が会場として使われることが多いため使用制限があり、外とつながる貴重な機会が途絶えることになった。
「たとえば図書館など、息抜きとして出かけていた先も閉じてしまった。ますます家にとどまらざるを得ない」(池上さん)
出かけられないのは家族も同様だ。家の中でお互いに「逃げ場」がなくなってしまい、緊張関係が高まり、中には家庭内暴力などのトラブルになるケースもあるという。
解決策の一つが、オンラインによる開催だ。9月、東京都内で12人ほどが参加して開かれた家族会。当事者の視点から不登校・ひきこもりなどの本人とその家族に支援を行ってきた「生きづらさインクルーシブデザイン工房」代表理事の大橋史信さん(40)はその席で、「いまはオンラインの家族会をやってみるチャンス。ぜひやってみて」と訴えた。
「『今度Zoomの会があるからやり方教えて』と、ひきこもっている子どもに聞けばコミュニケーションのきっかけにもなる。子どもから教えてもらったら、報酬として必ずお小遣いをあげて。家の中で就労体験ができる機会にもなる」
ただ、リアルでの開催を希望する声も根強い。参加者の一人である50代の女性は、以前にひきこもった経験があり、現在は妹がひきこもり気味。東京都多摩市で昨年から「引きこもり女子会」を開催している。「体温や人とのつながりをより感じるので、なるべく対面でやりたい」と話す。
また8050に該当するような中高年の家族は、ガラケーの人も多く、ITリテラシーが低い場合もある。結果、支援のサービスからさらにこぼれ落ちる人もいる。大橋さんはこう言う。
「政府にはマスクよりスマホを配ってほしい。経済事情でスマホやパソコンを持てない当事者は多い。対面かオンラインか、もしくはハイブリッド。どれで支援を受けるか、当事者が選べることが大事です」
■オンラインでゆるく
その「選ぶ」ための情報をインターネットで提供している人がいる。「ひきプラ(ひきこもりプラットフォーム)」を運営する田島尊弘さん(40)だ。全国で開かれている当事者会の情報や、ひきこもりの人が参加できるボランティア情報を掲載している。
「ひきこもりの方の居場所の情報は、その会にホームページがなかったり、チラシなどの紙媒体にしか載っていないことも多い。情報にたどり着きにくいし、たどり着いても参加の方法もわからない。『もったいないな』と思ったのがきっかけです」
ひきプラが掲載している当事者会は、コロナ流行前は9割以上が対面で開催。緊急事態宣言後の5月末には、登録団体の半数以上がオンライン開催を始めたという。
田島さんは、オンライン開催は8050世代などにはハードルが高いことは認めつつ、そのメリットについてこう話す。
「地域の壁がなくなり、地元の会以外にも参加できます。電車に乗る、人混みに出る、顔を合わせるなどにハードルの高い人が多いので、その点でも参加しやすい。交通費もかからず、参加後も自由に入退室できます」
ひきこもりなどの当事者会を運営している任意団体の「うさぎプロジェクト」は、コロナ禍前からオンラインを積極的に活用している。代表のマイメロさん(30代)は、「対面で会うのが理想的ですが、オンラインには補助的な役割がある」としつつ、その強みをこう話す。
「対面は『その場限り』も多いけど、オンラインなら簡単に連絡を取り合える。関係をゆるく続けるには、オンラインがおすすめです」
ひきプラの田島さんは活動の中で、当事者と家族などの支援者がお互いの思いを知れる「場」を強く求めていることを、あらためて痛感しているという。
「当事者も家族も、相手が『何を考えているのだろう』と悩んでいることがすごく多い。家族会と当事者会だけではなく、今後はその間をつなぐ役割をするイベントをやりたい。そこの悩みを解決することが、8050問題にとっても大きなポイントになるのでは」
■人材育成が大きな課題
コロナ禍では、民間の支援団体の活動だけでなく、行政による支援もほぼストップした。一方で、ひきこもり支援の窓口である社会福祉協議会への相談件数は、生活困窮などにより40倍にもなったという。
「ひきこもりに関する業務が回らない状態が続いています。加えて、支援者は感染対策でアウトリーチ(訪問)もできない」(前出の大橋さん)
前出の池上さんも、いまの行政には課題があるという。
「圧倒的に人材の育成が課題です。現場の相談員の多くが、ひきこもる人の心情や特性、家族の苦しみなどを想像できてない。そこをきちんと勉強して理解する。その上で当事者や家族にとって有益な情報収集をする。でないと相談する側が傷つき、支援の拒絶につながります」
来年4月には、8050問題を見据え「ひきこもり」「介護」「貧困」の分野ごとのタテ割りをなくし、一括して相談に応じる自治体を国が支援する「改正社会福祉法」が施行される。
前出のマイメロさんは、ワンストップでの対応は利用者のプラスになるとしつつ、自治体の対応についてこう提案する。
「ひきこもりの家族は近所の人に知られたくない思いが強く、遠い自治体を利用することはよくある。そんなとき、『あなたは対象外の地域です』と断り、何も代替案を示さないのは行政の怠慢です。支援者は自分たちのテリトリーだけでなく、幅広く他の支援者や相談先を把握し、提案することが求められます」
(編集部・小長光哲郎、高橋有紀)
※AERA 2020年10月19日号より抜粋
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