3-0の完勝を飾った8月10日の名古屋グランパス戦。浦和レッズのファン・サポーターの間で話題となったシーンがある。
それは、前半半ばの飲水タイム。
タッチライン際で水分を摂る岩尾憲に、安居海渡がしきりに話しかけていたのだ。ジェスチャーからは、アドバイスを送っているように見えた。
34歳のベテランに対して、控えの大卒ルーキーが臆すことなく意見を言う――。
頼もしさが増している証であると同時に、リカルド ロドリゲス監督の戦術に対する理解を深めている証でもあった。
「中で感じていることと、外から見えることって違うじゃないですか。周りの選手の使い方とか、ここは良かったですけど、ここはこうしたほうが良いんじゃないですか、ということを自分なりに伝えて。それが少しでもチームのプラスになるなら、続けていきたいと思っています。
僕自身、練習で分からないことは先輩たちに聞いていますし、言われたことに対して自分の考えも発信するようにしています。そういうやり取りを続けてきて、先輩たちも僕の言うことに耳を傾けてくれると思うので」
もっとも、戦術理解についてはまだまだ途上だという。
83分から途中出場した7月30日の川崎フロンターレ戦のあと、リカルド ロドリゲス監督から改善を求められたのもポジショニングだった。
「憲くんが上がって、もう1枚のボランチは残らないといけない場面で、僕も少し前に加わったことについて指摘されました。『あそこは残ってほしかった』と。ただ、川崎戦を見返しても、そこまで問題になるようなシーンがないんです。
おそらく、そのシーンに限らず全般的に、全体のバランスをしっかりと考えてポジションを取れ、ということだと理解しました。難しいですけど、もっと追求していきたいですね」
その川崎戦以降、安居は少しずつ出場機会を増やしている。同じボランチの平野佑一と柴戸海が負傷したという側面もあるにせよ、掴んだチャンスでは才能の片鱗を見せている。
例えば8月13日、ジュビロ磐田戦の77分のシーン。
磐田のFWがヘディングで落としたボールを相手選手と競り合う場面で、安居は相手とボールの間に体を入れて吹っ飛ばし、マイボールにしたのだ。クラブの公式SNSで紹介されるほど鮮やかなボール奪取だった。
「ああいう局面になったら、自分はほとんど負けないです。練習でもレッズのいろいろな選手とマッチアップして勝てたりする。それが自信になって、試合でも強く当たれています」
本人も認めるように、類まれなるデュエルの強さとボール奪取力が安居の持ち味であることは間違いない。
一方で、個人的に思わず膝を打ったのは、攻撃面だった。
同じく磐田戦の79分、レッズが右サイドでボールを保持し、一度は相手に奪われたものの馬渡和彰が奪い返して岩波拓也に預けると、岩波が前方にパス。それを安居がスムーズにトラップしてターンし、すかさず中間ポジションにいた江坂任に縦パスを入れたのだ。
この攻撃は最終的にキャスパー ユンカーのゴールに結びつく。安居のパスによって攻撃のスイッチが入ったと言えるだろう。
「守備面が注目されがちですけど、ビルドアップも得意なんです。今も練習が終わったあと、“止める・蹴る”をしっかりやっているので、それが試合でのパフォーマンスに繋がっているのかなと。ファン・サポーターの方々には、そういうところにも注目してもらいたいです。
(流通経済)大学時代もやっていたんですけど、憲くんがやっているところ(アンカーのポジション)を自分もやりたい。試合中、最もボールに触れるポジションだと思うんです。そこでミスをせずにやり切ることが大事。低い位置でビルドアップに関わりながら得点に絡んでいく部分も、今後は出していきたいと思います」
ボール奪取に長けていて、攻撃の組み立てもできる。
ボールを運ぶこともでき、ミドルシュートも持っている。
こうしたオールラウンドなプレーこそ、安居の魅力なのだ。
「レッズのボランチは層が厚くて、それぞれに持ち味がある。憲くんなら散らすボールの質が高いし、(伊藤)敦樹くんは前に出て行けてゴールも奪える。佑一くんの縦パスは鋭いし、海くんのボール奪取力も凄い。
ただ、それは全部、僕ひとりでできるはずだと思っていて。そのすべてのクオリティをもっと上げないといけない。だから、4人からたくさん吸収していきたいと思っています」
実際、岩尾を中心にレッズのボランチ陣にはタレントが揃っている。昨季後半にレギュラーの座を掴んでいた平野や柴戸ですら、今や3番手、4番手になるほどだ。夏場を迎えるまで、大卒ルーキーが割って入るような隙は、まったくなかった。
負傷者やコンディション不良の選手が続出した京都サンガF.C.とのリーグ開幕戦こそスタメンに抜擢されたが、第2節のヴィッセル神戸戦の残り2分に途中出場すると、しばらくベンチにすら入れなかった。
タイ遠征に参加した選手全員に出番が与えられた4月半ばのAFCチャンピオンズリーグ2022グループステージでは、6試合中2試合で先発して2ゴールを決めた。しかし、帰国後のリーグ戦では再びベンチに入れない日々が続いた。
「正直、苦しかったし、葛藤がありました。なんで使ってくれないんだろうって。自分ではやれると思っていたし、周りの人からも『なんで出られないんだろうね』と言われて……」
選手は試合に出てナンボ。とりわけ若い選手は経験を積まないことには成長を望めない。
だから、出場機会を求めてJ2やJ3のクラブへの期限付き移籍という選択肢も考えないことはなかった。
しかし、安居が最終的に選んだのは、レッズに残るという道だった。
「試合経験を積むのも大事なんでしょうけど、レッズで練習していたほうが確実にうまくなるだろうなって。リカルド監督のもと、先輩たちと競い合ったほうが、多くのものを吸収できると思ったんです。
期限付き移籍という選択肢を考えてくれた仲介人にも、心配してくれていた親にも、『自分はこのチームでやる』と伝えました。今はやり続けることが大事だと思っています」
それにしても、まったく出番がないなかで、なぜ、歯を食いしばることができたのか――。
その答えは、安居自身が辿ってきたサッカー人生にあった。
「振り返ってみると、すべてのカテゴリーにおいて1年目からうまくいった覚えがないんですよ」
武南ジュニアユースフットボールクラブでも、浦和学院高等学校でも、流通経済大学でも、最初の半年ほどはまったく試合に絡めず、肌寒くなる季節を迎える頃にようやくチャンスを得られるようになった。
「だから、焦りはありませんでした。いつかチャンスが来たときに力を発揮できるように、毎日手を抜かずにやり続けてきた。そうしたら、やっぱりこれまでと同じような状況になってきた。
もちろん、今与えられているチャンスをモノにしないといけないというプレッシャーはありますが、試合に出たら、あとはやるだけなので」
大学1年の頃は、トップチームでプレーする同級生を羨望の眼差しで見ていたが、コーチからのアドバイスを実践するうちに、監督の目に止まるようになった。
ボランチのレギュラーの座を掴み取ったのは3年のとき。同じポジションで1つ上の先輩である伊藤をセンターバックに追いやってのことだ。
だから今も、「流経では俺がボランチだったんだ」という自負がある。
「そうした思いはあります。ただ、リカルド監督の求めているものが、今は敦樹くんのほうが上だということも分かっています。だから、敦樹くん以上にやらないといけない」
安居のポテンシャルを示すエピソードがある。
流通経済大学で安居の4学年上に日本代表ボランチの守田英正がいる。守田は同大学出身の選手として初めて、ワールドカップ・アジア最終予選の舞台に立った。
その守田よりも安居のほうが能力は上――。
同大学サッカー部を率いる中野雄二監督は、そう公言しているのだ。
「守田さんは4つ上で入れ替わりなので、一緒にプレーしたことがなくて。プレーはテレビでしか見たことがないんですけど、監督から直接言われたこともありますし、守田さんと一緒にプレーしていた先輩方からも『ヒデさんより、お前のほうが上だよ』と言われたことがあります。プレッシャーも感じましたけど、自信にもなりましたね」
守田は今や日本代表に欠かせぬキーマンとなり、森保ジャパンをワールドカップに導く立役者のひとりとなった。
その守田と並んで、いや、アンカーこそ自身のベストポジションだと考えている安居にとって大学の先輩以上に意識するのが、浦和レッズのOBであり、日本代表でアンカーを担う遠藤航である。
「日本代表を目指しているので、遠藤選手のプレーは気になります。どうやってボールを奪うのか、どうやってボールを運ぶのか。シュートも決められるので、よく見ています。そういう選手からポジションを奪えば、代表にも定着できる。遠藤選手に追いつき、追い越すくらいの成長が必要だと思っています」
8月19日から始まったAFCチャンピオンズリーグ2022のノックアウトステージで、安居はラウンド16と準々決勝の2試合で途中出場を果たした。攻守にわたって安定したプレーを見せたが、安居の口からついて出たのは、反省の言葉ばかりだった。
「自分の位置が少し低かったかなと。敦樹くんのところにそのまま入ってほしい、ということだったんですけど、バランスを気にしたところがあって。でも、攻撃に対してもう少し人数を掛けるべきだった。それが自分の役割だったかなと思います」
ジョホール・ダルル・タクジム戦後にそう語ると、BGパトゥム ユナイテッドFC戦後にも、こう言った。
「自己評価はそんなに高くなくて。(江坂)任くんに出したパスももう少し早く出せたと思うし、テンポを遅らせるべきシーンもあったので、そういうところはまだまだです。
もっと積極的にボールを前に運ぶとか、試合時間や状況によってプレーの選択をもっと考えてやれるようにならないといけない」
いつだって満足できない――。
その強烈な飢餓感こそが、高校まで無名だった安居を大学ナンバーワンボランチと言われるまでに成長させ、ビッグクラブへとたどり着かせた原動力だ。
「やっぱりスタートから出たいです。もっとやれると思っているので」
その強い気持ちを胸に、YBCルヴァンカップ プライムステージ準決勝と決勝、リーグ戦の残り9試合に全力をぶつけるつもりだ。
(取材・文/飯尾篤史)