浦和レッズでの初ゴールは、遠く離れた母国で大きな反響を呼んでいた。
10月4日、AFCチャンピオンズリーグ2023/24のハノイFC戦で決めたシュートは、タイの主要メディアで大々的に報じられ、エカニット パンヤ本人のSNSにも数を把握できないほどのメッセージが届いた。
なかでも両親からの祝福、かつてのチームメイトからのエールは、異国の地でひとり戦う23歳の心に響いたという。
「ここからもっと一生懸命に取り組んでいかないといけないと思いました」
試合後、『今後につながるゴール』と話していた通り、YBCルヴァンカップ準決勝 第1戦の横浜F・マリノスでは途中出場を果たし、第2戦でもベンチ入り。練習でも積極的なプレーが増えてきた。
攻守両面で周囲との連係が良くなり、オフ・ザ・ボールの動きなど、課題に挙げていた戦術理解は深まっている。
「自信が付いたのは大きいですね。僕にとって、あのゴールはプラス材料になっています」
目を引くのは、狭いスペースでのプレー。トップ下の位置でボールを受けると、くるりとターンし、素早く足を振り抜く。
先輩の興梠慎三らも認めるシュート技術は高く、公私ともに仲の良いチームメイトの堀内陽太も舌を巻いていた。
「ブック(パンヤの愛称)が蹴る縦回転のシュートは、かなり鋭いですよ。ストンと落ちるので、GKは取りにくいと思います」
タイ時代に身につけた武器のひとつである。14歳で加入したチェンライ ユナイテッドのアカデミー時代に『落ちるシュート』の習得には必死に取り組んだ。常にドライブ回転を加えるのではなく、GKの位置を確認し、状況に応じて蹴り方を変えている。
「シュートの場面ではいつもしていることです。瞬間的に足の角度を変えることもあります」
フィニッシュワークに限らず、細かい技術にはこだわりを持ってきた。7歳の頃からサッカーボールを蹴り始め、お手本としたのはテレビに映るスペイン代表のテクニシャン。9歳のときに見たUEFAチャンピオンズリーグの決勝は、今も脳裏に焼き付いている。
「FCバルセロナのアンドレス イニエスタがチェルシー戦で決勝ゴールを決めたシーンは、覚えていますね。あの劇的なシーンを見て、僕もプロサッカー選手になりたいと思いました。
すごく影響を受けた選手のひとりです。もう少し早くJリーグに来ていれば、一緒にプレーできたかもしれませんね。本当に会いたかったですよ。今でも練習前、試合前にはイメージを膨らませるためにイニエスタのプレー集を見ているんです」
まさにプレーモデルの原点と言っていい。ピッチ上で大事にしているのは、ひらめきだ。ゲームメイクしながら意表を突くパスを出し、好機を演出してきた。幼少期はひたすら技術を磨いた。
左ウイング、ボランチ、トップ下とあらゆるポジションで試されてきたが、基本的なスタイルは変わっていない。その才能はすぐに認められ、15歳11カ月でプロデビュー。当時、タイ1部リーグの国内最年少記録を更新した。
「2018年にその記録も破られたんですけどね。僕よりも若くデビューしたのは、北海道コンサドーレ札幌でプレーするスパチョーク サラチャートの弟、スパナット(OHルーヴェン=ベルギー)でした」
苦笑しながら振り返るが、さほど過去のことは気に留めていない。15歳からプロキャリアをスタートさせ、下部リーグでも試合経験を積んできた。
年代別タイ代表にコンスタントに名を連ね、19歳でA代表デビューも飾っている。国内で順調にキャリアを重ねて、目標のひとつだったJリーグ入りも果たした。
エリート街道を突き進んできたタイの神童はプロ8年目を迎え、大きなターニングポイントに差し掛かっている。
期限付き移籍期間は2023年12月31日。否が応でも、契約のことが頭によぎる。
「目下の目標は、ホームの柏レイソル戦(10月20日)でプレーすることです。リーグ優勝を狙うチームのために貢献できれば、僕自身も次が見えてきます。まだレギュラーになれていないので、まずは定着しないといけない。
シーズン終盤、自分の存在をアピールすることができるのか、それとも、このまま消えていくのか。チームにとっても、僕にとっても、すごく大事な時期です」
レッズに加入してから、チームメイトからは毎日のように大きな刺激を受けている。同じポジションの選手だけではなく、FWからDFまですべての選手たちから学ぶべきことは多い。
そして、埼玉スタジアムに足を運ぶたびにレッズへの思いも深まるばかりである。
「来季以降もレッズの選手としてプレーしたい。一番の理由はファン・サポーターの存在です。あれほど熱狂的に応援してもらえるクラブは、ほかにありませんから。チームメイト、スタッフとも良い関係が築けています。僕はここで成功を収め、あのファン・サポーターに応援してもらえるような選手になりたいんです」
ふらりと浦和の街を歩けば、当たり前のようにフットボールの匂いを感じる。赤いフラッグがはためき、至るところにレッズのポスターが飾られている。サッカーが文化として根付く土地柄にも愛着が出てきた。
レッズのユニフォームに袖を通し、もうすぐ3カ月。タイ人フットボーラーとしての誇りを胸に刻みながら日々、戦っている。
「タイ人でもレッズで活躍できることを証明したいです。ここから僕が活躍すれば、Jリーグにも、もっとタイ人選手が増えてくると思います」
パイオニアとなったのは、タイ代表のチャナティップ。エカニットもかつて札幌、川崎フロンターレで活躍した先輩には敬意を払っているが、特別な意識はしていないという。
先人の名前を出すと、いつも控えめな口調で話す温和な男は、胸の奥にあるプライドをのぞかせた。
「チャナティップ以上のインパクトを残すことが目標ではありません。あくまで、僕は僕です。『エカニット パンヤ』として存在価値を証明し、Jリーグに爪痕を残したい」
新たな人生を切り拓くために――。最後までチャレンジを続けるつもりだ。
(取材・文/杉園昌之)
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