「こぼれ球が来るかも知れない」と予測していた。
「ボールが来たときは無心で足を振った」
地をはうように低く、スピードに乗ったボールが相手DFの股下を抜け、ゴールネットに突き刺さる。「ブック」ことエカニット パンヤが浦和レッズ加入後初出場で結果を残してみせた。
「与えられた役割を果たすために集中すること」「自分らしいプレーができるように日々の練習から心掛けること」が信条だと常々話しているエカニット。
10月4日に埼玉スタジアムで行われたAFCチャンピオンズリーグ2023/24 グループステージ MD2 ハノイFC戦の73分に途中出場すると、確かに自身のプレーを出そうと奮闘していた。
ボールを持てば俊敏性を伴う確かな技術でコントロールしながらパスをさばき、フリーのスペースへ侵入していく。技術力の高い選手しか選択しないであろうフリックやワンタッチプレー、自信がなければ打たないようなミドルシュートも放った。
特に鋭い動き出しで相手の背後に抜け出すタイミングとスピードは、ボールが来ていれば決定的なチャンスを迎えただろうと思わせるシーンもあった。
ともに途中出場した興梠慎三は、「全部お前を見るから決めてこい」とエカニットに伝えたという。
アジアの闘いを含めてあらゆる経験を積み、多くの選手と接してきた興梠は、北海道コンサドーレ札幌時代にチャナティップやスパチョークともプレーし、タイ人選手のポテンシャルの高さについて身をもって知っていた。
彼らと比較してもエカニットの実力は引けを取らない。「シュート練習をしていてもすごくうまい」と感じ、「チャンスがあれば結果は残すだろう」と興梠は予期していた。
「全部アイツを探していたからけっこうミスしてしまいましたが(笑)、アイツが気持ち良くプレーできるように、とは思っていました。試合後はずっと『ありがとう、ありがとう』と言っていましたけど、僕は何もしていません。アイツはまたチャンスをもらえると思いますし、いい選手だから期待したいです」
そのおもいを知れば、弾けるような笑顔でエカニットの頭を撫でて祝福した理由について、あらためて聞くまでもなかった。
エカニットのゴールが決まった瞬間、ベンチで「ブックー!」と叫び、「隣のニエくん(牲川歩見)とはしゃいでしまった」のは、堀内陽太だった。
あの瞬間に限れば、エカニットの途中出場は堀内にとって100パーセント歓迎できるものではなかった。その瞬間、自身の出場チャンスがなくなったからだ。最後の交代選手として興梠とエカニットが呼ばれたとき、強烈な悔しさを覚えた。
ただ、すぐに気持ちを切り替えた。寮生活をともにし、「一番仲がいい」と言ってくれるチームメートを心から応援した。そして結果を残したエカニットから刺激を受けた。
「送り出すときに『頑張ってくれ』と本気で思いましたし、あのシュートの直前に『決めてくれ』と思いました。シュート練習のときも思いますが、ブックはシュートを打つまでの流れやテンポで自分の形を持っていて、すごいと思います。僕も早く追い付かなければいけません」
エカニットは普段は非常におとなしく、自ら積極的に話すタイプではない。それでも日本ではチームメートとコミュニケーションを取るように心掛け、日本語も本や動画共有サイトで学んでいる。
そんな彼の真面目な人間性からか、チームメートは普段から積極的にエカニットに話しかけている。そして、こうして実戦での協力や祝福も集めた。
関根貴大は「異国の地でのデビュー戦でゴールを決めるのは、持っている選手ではないとできない」と感嘆したが、エカニット自身は結果を残した試合のあとでも「チームの流れの中で分からないことがある」「まだチームの戦術を理解し切れていない」と語り、まだチームに完全にフィットしていないと感じているようだ。
今後、エカニットが戦術や役割を完全に理解し、チームメートとの連係を高め、その上で最も意識する「自分らしいプレーを出す」ことができるようになったら、いったいどんなプレーを披露してくれるのか――。
加入会見では「試合に出て、レッズの一員になりたい」と話していたが、ゴール後の様子やあらゆる選手の祝福する言葉を聞けば、それはすでに果たしたと言える。
選手としてのキャリアはまだまだ半ば。レッズの一員としての道のりも第一歩を踏み出したばかり。次はJリーグでプレーする、活躍するという夢を叶えるべく、ブックは自分らしく奮闘を続ける。
(浦和レッズオフィシャルメディア)
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