J1リーグ開幕から4カ月あまり。毎日、先発出場することを目指し、練習場でハードワークしてきた。湘南ベルマーレ戦前日の7月5日に先発メンバー入りを告げられると、言葉で表現できないうれしさがこみ上げた。
「待ちに待ったスタメンだったので。正直、ここまでの時間は長く感じました」
しみじみと話す言葉には実感がこもる。4月28日の名古屋グランパス戦から途中出場が続き、9試合目でつかんだチャンス。ピッチに立つ1試合あたりの出場時間は、ほとんど10分にも満たなかった。それでも、わずかな時間を無駄にしないために前を向いてきた。
「いま自分のできることをやろうと思ってきました。僕のモットーは、いつもプラス思考でいること。少ない時間でも出場機会をもらえていたので、監督は僕のことをしっかり見てくれているんだ、と思っていました」
そして、迎えた今季の初スタメン。初めての浦和駒場スタジアムに興奮を覚えた。ロッカールームを出て、ピッチに向かうまでの時間は、いまでもはっきりと記憶に残っている。会場にこだまする歌声が耳に入り、真っ赤に染まったスタンドが目に飛び込んできた。
「本当に素晴らしい雰囲気で、鳥肌が立ちました」
ただ、すべてが最高だったわけではない。ピッチでは思うようなプレーはできなかった。局面だけを切り取ると、左サイドからカットインしてシュートを打ち、狭いスペースでパスを受けてゴールも狙った。カウンターからドリブルで運び、ファウルをもらうシーンもあったが、どれも納得はできなかった。
「アシストに結びつくプレーもなかったですし、ゴールも奪えなかったですから。相手の背後を取る動き、前を向くプレーがもっとできていれば……。パスを呼び込む回数も増やしたかったですね」
自分の不甲斐なさが歯がゆかった。前半を終えて、1点のビハインド。うつむき加減でロッカーに引き揚げる途中、自らの修正点を頭の中で整理していた。交代を告げられたのはロッカールームの中だ。
「後半もプレーしたい気持ちはありましたが、監督の選択を素直に受け入れました。そこにはチーム戦術があり、途中交代すべき理由があるからです。選手は納得しないといけない。
これまでのキャリアでも、同じようなことはありました。前半のみでの交代に関してはもちろん悔しいですが、できるだけ何も思わないようにしています。そこで感情を露わにしたことは1度もないです」
悔しさを覚えるのは、試合に負けたときだ。湘南戦後も帰りのバスに静かに乗り込み、大原サッカー場に戻ってきた。自宅に戻ると、いつものようにスマートフォンを開く。ビデオ通話の画面に映るのは、タイに住む両親である。
「これが僕のルーティン。毎日、話しているんです。スタメン入りも喜んでくれたし、試合後には励ましの言葉ももらいました。『いまできることを悔いなくすればいい。いましかできないことだから、周りの目、声を気にせずに、自分の良いところを出して』と。
昔から『人生には良いこともあれば、悪いこともある』と言われてきましたから。両親の『スースー』(タイ語で頑張っての意味)という言葉が心の支えになっています」
両親の声を聞いて頭を切り替えると、現実から目を背けず、その日のうちに必ず試合の映像をタブレットで確認する。落ち込んでいる暇はない。ネガティブな感情は、一切持たないようにしている。
「過去は変えられませんから」
大きなチャンスを逃したことは、誰よりも自分が一番理解している。努力は必ずしも報われるとは限らない。結果で評価されるプロの世界では厳しいもの。一度、躓いても下を向かないことが大事だという。自らに言い聞かせるようにいまの思いを口にした。
「毎日、顔を上げて練習するのは当たり前かもしれないけど、意外に大変なことです。いかに前を向いてできるかどうかだと思います。後ろを向けば、前には進めない。
僕が取り組むことはすごくシンプル。地味かもしれませんが、良いコンディションを保つために良い睡眠と良い食事が欠かせない。その前提があって、フィットネスにも気を使います。普段の練習で良いパフォーマスを出し続けることが、前に進む絶対条件です」
今季、ペア マティアス ヘグモ監督に主に起用されているポジションはウイング。もともとは中盤の中央でプレーし、主にトップ下で力を発揮してきたが、チーム戦術に順応していくのもプロの仕事。新加入選手を含め、本職のサイドアタッカーがズラリと並ぶなか、虎視眈々と新たな機会を窺っている。
「次のスタメン、その次のスタメンも狙っています。1回の先発出場だけで満足することはないです。今回、ピッチに立って、もっと頑張らないといけないと思いました」
いつも物静かで感情の起伏を表に出すことはないものの、熱い思いは持っている。シーズン前から目標はずっと変わらない。浦和レッズでレギュラーに定着すること。有無を言わせない結果を示し、日本のビッグクラブで爪痕を残せば、新たな道が拓けてくると信じている。
Jリーグはタイでもリアルタイムで放送されており、見ている人も、応援してくれている人たちも多いという。浦和の責任、そして母国の誇りも背負う。野心家の24歳が、立ち止まることはない。
エカニット パンヤは、インタビューの最後にいまも昔も大事にしているタイのことわざを教えてくれた。
『水が満ちたときにはすぐにすくえ』
チャンスがきたら、逃さずにつかむ――。転んでもただでは起きぬ。勝負の2年目は、ここから。飛躍のきっかけをつかむために、きょうも入念な準備を怠らない。
(取材・文/杉園昌之)
外部リンク