選手も人の子であり、人の親である。
そして、親から多分に影響を受けて今日がある。
ふと、岩尾憲と子育ての話になった。
二児の父である彼は、「強要はせず、意思を尊重しています」と、方針を明かしてくれた。
6歳になる長男は、浦和レッズハートフルクラブでサッカーを始めたという。それも岩尾が強要したのではなく、子どもに意思を確認したところ、本人が「やりたい」と言ったため、通わせていると教えてくれた。
振り返ると、岩尾自身も親から強要されることはなかったという。
「『勉強しろ』って言われたことはなかったですね。親から言われた言葉で記憶に残っているのは、『働かざる者食うべからず』。これは父が常々言っていました。あとは……」
次に続く言葉こそが、彼が今日まで歩むなかで、モットーとしてきた金言でもある。
「人生は先に苦労するか、あとに苦労するのかのどっちか」
その言葉を授けられたのは、幼い小学生のときではなく、自ら物事を判断できるようになっていた中学生、もしくは高校生になってからだった。
ある日、父は言った。
「お前が今、苦労してあとで楽に生きるのか。それとも今、楽をしてあとで苦労するのか。どちらを選ぶかは自分で決めればいいけど、必ずどちらかで苦労するときが来る」
そのときも、どちらで苦労するのが正しいかを問われる、もしくは強いられることはなかった。
当時は「へー」と聞き流したというが、日々を過ごすなかで、また、人生を選択、決断していくなかで、その言葉がよぎり、指針になっていった。
「いつの日か、その言葉が摂理でもあると思うようになりました。実際、自分の人生を振り返ると、サッカーにおいては、先に苦労する道を辿ってきたように思いますし、その自負もあります」
高校時代は全国大会に出場したわけでもなければ、大学時代も華々しい成績を残したわけでもない。何より、大学卒業後は教員になろうと思っていた。
それでも大好きなサッカーに対しては、誰よりも真摯に、そして真剣に取り組んできたから、「自負がある」とまで言い切れる。
湘南ベルマーレから練習参加の打診を契機に、プロへの扉をこじ開け、水戸ホーリーホック、徳島ヴォルティス、そして浦和レッズと、キャリアを重ねてきた今、まさに父の言葉が芯に響いている。
「先に苦労してきた結果、今が楽になったわけではないですけど、キャリアを振り返ってみると、豊かにはなっていますよね」
岩尾が自分の子どもたちに強要することなく、彼らの気持ちを尊重しているのも親の影響だろう。
「親からサッカーについて強要されることはなく、僕は自発的に取り組んできました。それが功を奏して、豊かなサッカーライフを送れるきっかけになっています。自発的に取り組むのは一番やり遂げるおもいが強い一方で、ときに、強要されたほうが楽なこともある。
でも、僕は自発的にサッカーに取り組んできたから、今があると思っています。だって、夏休みの宿題とかは、最後の最後で一気にやるタイプでしたから(笑)。サッカーは好きだから自発的にやるけど、宿題は好きじゃないから自発的にはやらなかったんですから」
好きなサッカーにおいて、先に苦労してきたからこそ、36歳になった今、豊かと思える瞬間を浦和レッズで過ごしている。
「いつか、そのときが来たら、自分もその言葉を伝えたいですね」
親から自分、そして子へ——岩尾憲が身に染みて感じ、そして受け継いでいきたい大切な金言だった。
(取材・文/原田大輔)
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