後半からの登場直後に左足で際どいシュートを放つと、64分には前田直輝の同点ゴールをアシスト。松尾佑介に何度も好配球するなど、3月17日の湘南ベルマーレ戦で途中出場した岩尾憲は、出色のプレーを見せた。
「今季が自分にとって難しいシーズンになるであろうことは想像がついています」
自身と同じアンカーのポジションに現役スウェーデン代表MFのサミュエル グスタフソンが加入したこともあり、岩尾はシーズン開幕前から自身が置かれることになる立場を理解していた。
実際、ここまで4試合すべてが途中出場で、起用ポジションもアンカーではなく、インサイドハーフであることが多い。
ところが、まるでインサイドハーフが本職であるかのようなパフォーマンスを披露している。
サブ降格のピンチをプレーの幅を広げるチャンスに変え、新しい自分を発見して楽しんでいるのかもしれない――。
そんなふうに想像していたが、実際にはそんな単純な話ではなかった。
「どう説明すればいいか難しいんですけど」と前置きして、岩尾は今の心境とスタンスについて語り始めた。
「いわゆる本職ではないポジションでプレーすることに関しては、人並みにストレスを抱えています。やっぱり昨年50試合以上に出て、勝敗の責任を背負い続けて、必死に闘い抜いたのに、翌年にこういう状態に置かれるのは納得がいかないし、悔しいおもいがある。それは感じないように努めたとしても無理だし、簡単に受け入れるようならプロとして勝負の世界で生きることは辞めたほうがいいと思います」
そう打ち明けた岩尾はそのあと、「ただ……」と言葉を続けた。
「もっとマクロに見たとき、みんなで船の上にいて、目標という島を目指して進んでいるのは揺るぎない事実。嫌になってしまうと船から平気で降りてしまう人もいて、人間なので仕方のないことなんですけど、僕は船がちゃんと島に着くようにすることが仕事だと思っているので。
それが自分の価値観であり、物事の捉え方のベースなので、納得はしていないけど、理解はしているということです。決めるのは監督ですし、不満を言ったとて、嘆いたとて、何かが変わるわけではない。自分にプラスになることは何もないですからね」
その一方で、インサイドハーフでプレーすることに関しては、自身にとって決して難しいものではない、ということも明かした。
「プロキャリアをスタートさせた頃はシャドーで、元々攻撃的な選手だったというのもあるし、自分がアンカーとして、インテリオールと言われる選手たちと一緒にプレーして、彼らがどんなポジショニングを取っていたのか、自分がどんなプレーをしたときに彼らを生かすことができたのか、そうしたデータはこの年になると溜まっているので。その中から最適なものを選んだり、ミーティングで監督が8番に求めているものを理解したりして、それを具現化していくだけなので、そんなに難しいことではないんです」
インサイドハーフでのプレーがフィットしているから、このままインサイドハーフのレギュラー獲りを狙うのか、それとも、あくまでもアンカーにこだわり、サミュエルからポジションを奪い返すことを目指すのか――。
そんな質問に対して、岩尾はやんわりと首を横に振った。
「いや、チームが勝てばどっちでもいいです。正直、なんでもいいんですよ。チームが勝つことが正解なので。僕は監督から求められるポジションでベストを尽くすだけですから」
この境地に辿り着けるのは、岩尾がJ2でのキャリアも長く、酸いも甘いも噛み分けたベテランだからかもしれない。若い選手ほど「自分が、自分が」となりがちで、メンタルの浮き沈みが激しいものだ。
もっとも、自身が置かれる状況に対して歯を食いしばり、悔しい素振りを一切見せない選手は、この35歳のベテランだけではない。岩尾がある選手の名前を挙げる。
「たとえば、(安居)海渡は今、ベンチに入れず、ましてや練習中にセンターバックに指名されることもある。去年の海渡の立ち位置を考えれば不貞腐れてしまってもおかしくないんですけど、それを見せずに本当にプロフェッショナルとして仕事をしている。
その姿は、見ているこっちが感動を覚えるというか。普通の人ではなかなかできないことを、24歳の若さでやれている。変えられない現実の中で成長している。だから、彼はもっといい選手になるんだろうなって、近くで見ながら感じています」
岩尾や安居のような選手たちがサブに控えるチームは必ず強くなる――。
そうしたおもいを強めた一方で、彼らはきっと近い将来、ポジションを奪い返すであろうことも確信した。
そのとき、代わって控えに回る選手たちも、プロフェッショナルとしての仕事ができるかどうか。
岩尾や安居らの振る舞いがスタンダードになったとき、そう振る舞えないことが恥ずかしいという雰囲気になったとき、間違いなく浦和レッズは最強の集団になる。
(取材・文/飯尾篤史)
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