雨の日本平で清水エスパルスを2-1と振り切り、浦和レッズは今季2度目の連勝をマークした。6月の中断期間後は4勝2分の成績で、ひと桁順位まで盛り返してきた。
「いい流れだと思いますね。それに3勝3分か、4勝2分かでメンタル的にもだいぶ変わってくるので、大きいと思います」
アンカーとしてチームの心臓部を担う岩尾憲は手応えを滲ませる。しかし、こう付け加えることも忘れなかった。
「ただ、流れがいいときって、何をやってもいいと言いますか、そういうことがあるじゃないですか。ただ単に流れがいいだけなのか、それとも、自分たちのフットボールが掌の上にちゃんとあるのかで、この先が変わってくる。後者の感覚も少なからずあるので、それをもっと確実なものにしていきたいですね」
それにしても、6月の中断期間まで2勝9分5敗と、勝ち切れずにいたレッズがなぜ、勝利を引き寄せられるようになったのか。
以前、岩尾が使った言い回しを引用するなら、「勝ちクジを箱の中に多く忍ばせられるようになってきた」からではないか。
ボールを保持してゲームの主導権を握るスタイルを志向し、その精度や連係が高まってきた。
チャンスの数が増え、ゴール前に入っていく人数も増えてきた。ときに縦に速い攻撃も繰り出し、セットプレーのバリエーションも磨かれている。
それでいて、GK西川周作を中心とする守備陣が体を張って堅守を築き、勝負どころを見逃さない巧者ぶりも発揮できるようになってきた――。
たとえるなら、今のレッズは箱の中に、6枚の勝ちと3枚の引き分け、1枚の負けのクジが入っているような状況だろうか。
「枚数がどうかは分からないですけど(笑)、僕も似たような認識です。ただ、守備が堅いのは、FWの選手も守備をしてくれるからであって、それゆえに攻撃でパワーが使えなくて点が取れなかった、という見方もできる。そういったことはすべて繋がっていて、そのうえで全体的にいい形で積み上がってきているんじゃないかと感じます。
だからこそ、勝つ確率が上がってきたのではないかと。でも、まだまだ『たら・れば』の場面も多い。攻撃にしても守備にしても、もっと精度を上げなければいけない。そうすれば、ボールを動かすシーンで自分たちによりアドバンテージが表れると思います」
もちろん、勝利から見放され、精神的に追い込まれていた選手たちが、長い中断期間のおかげで心身ともにリフレッシュできたことも大きい。
そして何より、徳島ヴォルティス時代にリカルド ロドリゲス監督のもとでプレーし、指揮官のスタイルを知り尽くす岩尾のパフォーマンスが安定してきたことも、レッズ好調の要因だろう。
清水戦のあと、リカルド ロドリゲス監督もこんなふうに語っていた。
「最初はチームに慣れることに時間がかかったが、彼が本来持っているビルドアップやディフェンスの能力、何より私のスタイルをよく理解している選手として、今はいいパフォーマンスが発揮できていると思っています」
そこで改めて、岩尾に尋ねた。
――監督が言うように、チームに慣れるのに時間がかかった、という感覚はあるんですか?
「ありますね」
――それは、チーム自体に対してですか、それともサッカーのスタイルに対してですか?
「すべてですね」
そう答えた岩尾は「これ、話すと長くなりますよ」と苦笑してから、言葉を紡ぎ始めた。
「僕の場合、サッカーをサッカーだけで考えたくないんですよね。もっとマクロに捉えてサッカーだと思っているので。例えば、ファン・サポーターの求めるものを提供することで僕らは報酬を得ている。じゃあ、その需要がなんなのかと言ったら、キャスパー(ユンカー)選手がピッチにいるときは、できるだけ縦に速い攻撃のほうがスタジアムは沸く。そういった要素によって、選手は選ぶプレーが変わってくるということを、ピッチ上で感じるわけです。
リカルド監督のサッカーは遅攻で、ボールを繋いで相手を崩していくスタイルですが、それはファン・サポーターから求められているんだろうか、こだわり続けることが正しいのだろうか、と考えさせられた時期がありました」
岩尾がさらに言葉を続ける。
「レッズに来るにあたって、『自分はこういうことを求められているんだろうな』とある程度考えを固めてきたんですけど、蓋を開けてみたら、『これはちょっと違うかもしれないな』って。自分が考えていたことと周りが自分に求めていること、自分の特徴や仕事を整理するのにすごく時間がかかったというか、もがく時期がありました……簡単にまとめてしまったので、なんのこっちゃ分からないですよね(笑)」
岩尾はそう言うが、もがいているだろうことは、ピッチ上の姿から伝わっていた。
何気ない横パスやバックパスを入れつつ、半身で前方を窺い、そのパスによって相手がどう出てくるのか、どこにスペースができるのかを常に観察する。
あるいは、誘いのパスを入れて相手を意図的に動かし、それによって生まれたスペースをチームメイトに使わせる――。
岩尾はそうやって俯瞰でピッチを眺めながら、チームメイトを、ときに相手選手まで動かして、ゲームを構築していくプレーヤーである。
そのプレースタイルは、指揮官の思い描くスタイルと合致しているから、「私のスタイルをよく理解している選手」と評され、迎え入れられたのだろう。
ところが、現在のチームの前線にはスピードを武器にする選手も少なくない。さらに、京都サンガF.C.との開幕戦に敗れ、続くヴィッセル神戸戦、ガンバ大阪戦でも白星を掴めなかったため、チーム内に焦りが生じ、ボールを回しながら相手の出方をじっくり窺うというマインドを、チームとして持ちづらくなった。
そうした状況において、もっと速く攻めてほしい、というスタジアムの空気も感じ取っているのかもしれない――そんなふうに想像していた。
「まさに、そんな感じでしたね。リカルド監督のスタイルはおっしゃる通り、相手を引きつけて、相手を動かして、相手に穴を作らせて、自分たちがそこを突くというもの。でも、今いる選手の個性やストロングポイントを生かそうとしたとき、必ずしもそのやり方がマッチするわけではない。戦術に選手をハメるのか、選手に戦術をアジャストさせるのか、このチームはどっちなんだろうと。
僕は考えると、とことん突きつめてしまうタイプなので、『このやり方なら、リカルドが監督じゃなくても成立するのではないか』とか、『このチームに自分がいる意味はなんだろう』と考えるようになっていって。このクラブが、この年齢の選手を獲得してくれたのに、先が見えないというか」
そうした苦悩がピークに達したのが、4月のAFCチャンピオンズリーグ2022のグループステージを迎える頃だった。
その頃の岩尾は、どんなプレーを選択しても裏目に出る感覚に陥っていた。そして開催国のタイから帰国したあと、ショッキングな出来事が待っていた。
先発から外れるどころか、ベンチ外になったのである。しかも、柏レイソル戦、サンフレッチェ広島戦と2試合続けて――。
「でも、ネガティブな気持ちではなかったんです。外からチームを冷静に見ることができた。平野佑一選手、柴戸海選手、伊藤敦樹選手と、ボランチの選手をいろいろと組み合せてチームが戦っている様子を見て、『何が違うのかな』『何が最適解なのかな』って観察することができましたから」
なかでも同じプレーメーカーでありながら、タイプの異なる平野のプレーは大いに参考になったという。
「平野選手がどんなプレーを選択したのかもそうですけど、その先にどんな現象が現れたのかを注意深く見ていました。僕はボールを失わないことを大事にしていて、狭いスペースにパスを出すとき、その先の確率を考えてしまうタイプ。様子を見たりするからプレーが遅くなることがある。
一方、平野選手は狭いスペースでもできるだけ早く味方にボールを預けて、その先の推進力を生かす傾向がある。改めて外から見たとき、そのほうが前の選手のフィニッシュワークに行く際の姿勢がすごく良かったんです、迷いがなくて。チームとしていい反応が出ていると感じた。それなら、そっちに自分が合わせる必要があるなって」
そこで岩尾が持ち出したのは、前所属である徳島時代の経験である。
徳島でリカルド ロドリゲス監督と選手たちが取り組んだのは、まずスタイルを築き上げることだった。
「これが徳島のスタイルだ」というサッカーを表現し、その結果として、勝敗が後からついてくる。こうした手法で徳島は、指揮官の就任3年目にJ1参入プレーオフの決勝へと進み、4年目にJ1昇格を成し遂げた。
「でも、レッズで求められるのは3年、4年かけることではないんだなと。だとしたら、スタイルを築き上げることと矛盾する、と最初は思ったんです。それまで僕はAかBかどちらかだと思っていたので。でもレッズでは、速いサッカーが有効ならスピードのある選手を生かして勝つ、ボールを回すことが必要なら徹底的に回して勝つ、それを90分の中で選び続けなければならないんだなって。
どちらかではなくて、両方で結果を出すことがレッズでは求められている。つまり、これまでの自分の理論、理想、哲学にはなかったやり方で勝て、と言われているわけです。それに対して『いや、プロセスを辿ってないんだから勝てないよね』って言い訳をしていていいのか。ビビって、弱気になっているだけじゃないのか。プロセスをしっかり辿って結果を出すことしかできないなら、自分は弱いなって思ったんです。
そこでバチッと整理できたというか。両方のプレーをして勝って、自分の存在価値を示す。両方を使い分けるのは一番難しい。でも、それこそが、逃げずに正面から向き合うことで得られた答えで、今すごく自分のエネルギーになっています」
迷いを吹っ切り、答えを導き出した岩尾の話を聞いていると、リカルド ロドリゲス監督は、あえて岩尾をベンチから外し、スタンドからチームを眺める機会を与えたのではないか、と思えてくる。
中断が明けて2試合目、0-0で迎えた90分にダヴィド モーベルグが起死回生の直接FKを叩き込み、今季初の連勝を飾ったヴィッセル神戸戦のあと、岩尾はこんなふうに語った。
「今ここにいる選手たちが目一杯やって、この力なのかということを僕は疑っています。本当はまだやれるんじゃないか。もっと振り切って自分に対するリミットを外したとき、このチームは上位に絡んでいけるんじゃないかと思います」
その言葉は、チームメイトに対するメッセージというより、自身に言い聞かせる部分が大きかったという。
「あの頃は『今までとは異なるカードを切っても勝てるのかどうか』と自分に問いかけ始めた時期でした。チームメイトをもっと引き上げられるんじゃないか、と思っていたし、それにはまず自分がリミットを外さないとなって。まずは自分がやってみよう、という気持ちでしたね」
苦悩から抜け出した岩尾は、ようやくレッズでのプレーを楽しめるようになった……というわけではなかった。
「レッズに限らず、楽しめたことは一度もないです。ただ、将来『あのときは葛藤していたけれど、それを俺は楽しんでいたな』と振り返れるようにしたいと思っています」
湘南ベルマーレでプロとなり、水戸ホーリーホック、徳島とキャリアを重ねていく中で、自身の確固たるプレースタイルと哲学を築き上げ、成功体験を重ねてきた。
その姿勢を評価されて浦和レッズに求められたはずだったが、打ちのめされた末に新たな思考を手に入れ、今なおチャレンジを続けている。
それだけでも、34歳にして新たな冒険に踏み出した意味がある、というものだろう。しかし、岩尾憲はどこまでも満足しない男だ。
リカルド ロドリゲス監督を男にする、自分を評価してくれた浦和レッズに勝利をもたらす、苦しい時期も見守ってくれたファン・サポーターに歓喜を届ける――。
そうすることができたなら、いつか「ああ、あのときは苦しんだけど、楽しんでいたな」と振り返ることができるに違いない。
(取材・文/飯尾篤史)