“持っている”のひと言で片付けてしまうのは、アスリートに対して失礼だろう。
カウンターに移った瞬間、ニアゾーンに向かって走り出して相手を引きつけ、荻原拓也から明本考浩へのパスコースを作っている。それが明本のシュートに繋がったのは間違いない。
だが、それでもやはり、目の前にボールがこぼれてくるあたり、旬の男の“引きの力”というものを感じずにはいられなかった。
6月7日に行われた天皇杯2回戦の関西大学戦。延長前半15分まで変化のなかったスコアを動かしたのは、途中出場の伊藤敦樹だった。相手GKが弾いたボールを、右足で冷静に蹴り込んだ。
浦和レッズはこの1点を守り抜き、3回戦進出を決めた。
ハードスケジュールを強いられているチームにあって、ここまで公式戦でただひとり、全試合に出場しているのが、敦樹だ。
この日も3日前の鹿島アントラーズ戦でフル出場を果たしたにもかかわらず、57分からピッチに送り出された。マチェイ スコルジャ監督の信頼ぶりが窺える。
「自分が毎試合、チームを勝たせたいと思っていますし、勝たせられる選手になりたいと思っているんです」
そう力強く話したのは、6月5日の練習後のことだった。
さっそく2日後にチームを勝たせたわけだが、「途中から入った自分を含め、もっとやれた」という言葉を聞くと、本人は満足しているわけではなさそうだ。
関西大学戦は途中出場だったから仕方のない面もあるが、敦樹が思い描くのは、攻守両面で存在感を発揮し、ピッチ上で絶対的な存在になること――。
たとえるなら、90分を通して広範囲に躍動し、1得点1アシストをマークしたJ1リーグ第11節のサンフレッチェ広島戦のようなパフォーマンスだ。
「プレーで周りを巻き込んで、チームに推進力をもたらしていきたい。(酒井)宏樹くんがいい例ですけど、あれぐらいプレーでチームに働きかけられる選手になりたいです。広島戦はそれをうまく出せたゲーム。シーズンを通して、あのような試合を増やしていきたい」
絶対的な存在となるために、自己研鑽にも余念がない。
開幕スタメンに抜擢されたプロ1年目は、とにかく必死だった。
プロ2年目はシーズンを通してスタメンで起用され、責任感が強くなった。
精神的な余裕と自信が生まれたプロ3年目の今季は、次のステップとして走り方を矯正したり、肉体改造に取り組んでいる。
テーマは、無駄な動作を削ぎ落とし、エネルギーを効率よく用いて走れるようになるか、体を使えるようになるか――。
「まだ始めたばかりだし、シーズン中はなかなか見てもらえないので、どちらも何かが劇的に変わったわけではなくて。走り方は、ウガさん(宇賀神友弥)やマキくん(槙野智章)も同じトレーニングをしているんですけど、理想の走り方になるまで7、8年かかったそうです。でも、小さいことを意識するだけで、足が攣る回数も減りましたし、フィジカル面でも、当たり負けしなくなったり、ボールを奪い切れるようになってきたから、少しずつ効果が出ているのかなって。
もっと上のステージに行くためには、いろいろな面で成長しないといけない。それはフィジカルであったり、スプリントの部分だったり。もっとインテンシティの高いプレーをしないといけない。そこは自分自身に求めていきたいところです」
プロ3年目の進化は、スプリントを含むフィジカル面にとどまらない。ボランチとしてのプレービジョンやゲームを読む力にも磨きがかかっている。
ルーキーイヤーに林舞輝コーチ兼分析担当からアドバイスされたライン間でのボールの受けた方はかなり整理されてきたし、“マコ”こと、ヴォイテク マコウスキコーチによるボランチ陣ミーティングでのアドバイスも貪欲に吸収している。
「ボールをもらう位置に関してはまだまだですけど、マコのアドバイスを受けて背後を意識するようになってから、インターセプトやボールを奪い取る回数が増えました。周りの助言は成長するうえで大事なもの。どんどん自分のモノにしていきたいですね。
ただ、外から見ている感覚と、ピッチ上での感覚はやはり違うので、経験に基づく感覚も大事にしながら修正を重ねています。例えば、裏に抜けるタイミング。1年目はタイミングを気にせず走っていたんですけど、今は試合映像を振り返りながら、タイミングを確認しています。宏樹くんからは『行けるときは100%で行く、行けないときはステイしていい』と言われているので、今シーズンはタイミングとメリハリを意識していて、それが今、いい形になってきていると思います」
敦樹の魅力と言えば、自陣ペナルティエリアから相手ゴール前に及ぶプレー範囲の広さとダイナミックなプレーだが、今や“ボックス・トゥ・ボックス”の選手の範疇には収まらないボランチへと進化し始めている。
昨シーズン、敦樹が自信を深めたゲームのひとつに、7月23日のパリ・サン=ジェルマン戦がある。これまでの取り組みが通用した部分もあれば、そうでない部分もあったが、自分を出し切ることにフォーカスした結果、通用したことのほうに手応えを感じ、自信を膨らませるきっかけとなった。
そんなパリ戦と似たゲームを、今シーズンにも経験した。アルヒラルとのAFCチャンピオンズリーグ2022決勝である。
相手の中盤はFIFAワールドカップ カタール2022に出場したサウジアラビア代表選手ばかりだったが、だからこそ、世界との距離を測ることができた。
「スピードや強度はJリーグと全然違いましたけど、そのなかでもボールを奪えたし、攻撃にも関われた。当たり負けすることもなかったし、2試合とも自分のプレーを出せたという感覚があります。完全アウェイの雰囲気も含めて、自分のサッカー人生において貴重な経験を積むことができたと思います」
レッズで着々と成果を積み上げる敦樹を見ていて思い出すのは、今年の沖縄でのプレシーズンキャンプだ。約ひと月前に終わったワールドカップについて、敦樹はニコニコと笑顔で話していた。
「日本代表がグループリーグでドイツとスペインに勝って、あれだけの戦いを見せてくれた。(流通経済)大学の先輩であるヒデさん(守田英正)が日本代表の中心として世界の舞台でプレーしている姿は本当に刺激になっています。自分もあの場所に行きたいですし、行かないといけない。そのためには、もっともっとレベルアップしないといけないと思いながら見ていました」
日本代表への思いを裏付けるようなコメントは、好パフォーマンスでチームを勝利へと導いた5月31日の広島戦後にも聞かれた。
対戦相手の中盤には、1歳下で日本代表に初選出された川村拓夢がいた。そのことについて問われると、敦樹はきっぱりと言った。
「彼は日本代表に選ばれていましたし、自分と似たタイプだと思うので、そこは少し意識していました。彼もいい選手ですけど、負けたくないですし、今回は彼が代表に選ばれましたが、それはずっと結果を残し続けてきたからだと思います。そこはちゃんと見てくれていると思うので、結果を出し続けて、常に上を目指しながらやりたいです」
折しも日本代表監督がゲームの視察に訪れていた。森保一監督は敦樹について、「プレーのスケールの大きさと、優雅さをすごく感じる」とのコメントを残した。
6月5日のインタビューの際に、改めて日本代表との距離を尋ねると、「今は近いところまで来ていると思います」と敦樹は語った。
「日本代表は常に目指しているところで、今年、日本代表に入ることができたら、と思っています。周囲の声だったり、自分の感覚としても、一歩ずつ近づいてきているなって。だからこそ、結果を残し続けなければいけない」
そう語った2日後の関西大学戦で決勝ゴールを決めてみせるのだ。旬の男の“引きの力”とは、意志の強さによるものかもしれない。
秘めたる能力を考えれば、まだまだこんなものではないだろう。よりスケールの大きなボランチへ、世界と渡り合えるプレーヤーへ――。伊藤敦樹はここからさらに、その階段を駆け上がっていく。
(取材・文/飯尾篤史)