局面ではなく、大局が見えつつある。
柴戸海は、試合の“場面”ではなく、“流れ”が見えつつある。
「自分の立ち位置によって、相手の重心をも動かせることに気がついたんです」
選手のインタビューをしていると年に数回、身体がぞわっとするような感覚を抱くことがある。柴戸の言葉がそれだった。
「これはリカルド(ロドリゲス)監督のもとでプレーしているから気づけたというか、学べた部分でもあります。今まではボールホルダーに対してポジショニングや立ち位置を決めることが多かったんです。でも、今は自分がそこにいることで、相手を動かせる立ち位置があるということに気がつきました。
だから、たとえ自分がボールを受けられなかったとしても、自分がそこにいることによって、相手がプレスを掛けられなかったり、(相手の)次の動きを遅れさせたりすることができるということも知りました。なかなか言葉で説明するのは難しいのですけど、一番的確に言い表すと、適当なポジショニングとでも言えばいいですかね」
ファジー=曖昧、一見、中途半端に見えるポジショニングを取ることで、柴戸は相手を翻弄し、チームを動かしている。
10月16日に行われたJ1第33節のガンバ大阪戦だった。
中盤の底でコンビを組む平野佑一が2人のセンターバックの間に降りて、ボールを受けようとしたときだった。
平野が降りたことで、アレクサンダー ショルツと岩波拓也の両センターバックは、さらに広がってポジションを取ろうとする。それを見越していた相手も、当然ながら2人を警戒していた。
そのとき、左サイドにいた柴戸は瞬時に走ると、中央にポジションを移す。相手のマークを自分に食いつかせることで、左サイドに張るアレクサンダー ショルツをフリーにしたのである。
まさに、自分がボールに触ることなく、相手を動かし、チームメートを助けたプレーだった。
「最近は、自分が立ち位置を変えることによって、どこが空いてくるのかということが整理されてきました。自分がここにこう動いたら、ここが空くとか。逆に自分がここにいれば、相手はここにプレスを掛けにいくから、自分が空くとか。そういったことが見えてくるようになりました」
きっかけは、不退転の決意で挑んだ3月27日のYBCルヴァンカップGS第2節、柏レイソル戦だった。
今シーズン初めてボランチとして先発出場した柴戸は、続くJ1リーグ第7節の鹿島アントラーズ戦でも90分間プレーすると、2-1の勝利に貢献した。
「試合に出られない時期もあったり、試合に出てもサイドバックだったりということもあったので、本当にこれが自分にとってのラストチャンスというくらいの気持ちで柏戦には臨みました。
まずは自分の良さを出そうというところと、監督が求めるパスやビルドアップについてもかなり意識してプレーしたら、自分としても感触があったんです。そのまま鹿島戦にも起用してもらって、チームが勝てたこともあって、ボランチとして試合に出られるようになったと思っています」
そのとき得た感触は、自分自身のプレーだけではなかった。
「柏、鹿島と試合をしたときにワンボランチ気味のポジションをやらせてもらったのですが、そのとき、2センターバックの間に降りるのではなく、相手の2トップの間か、少し背後に立ち位置を取ったら、相手FWのプレスを抑制することができたんです。
自分の立ち位置を相手FWが気にして、センターバックへのプレスを弱めることができた。かつ、相手FWの意識が自分から外れたときに、間でボールを受けたら、簡単にターンして前にボールをつけることもできた。そこが今のようなポジショニングを取るようになったきっかけというか原点になっています」
それでもシーズン序盤は、個人としても結果を残さなければという思いも強く、攻撃に守備にと、自身のバロメーターが大きく振れる時期もあった。
「自分の良さは守備の部分にあると思っていましたし、そこが一番、自分を出せると思っていましたけど、いろいろな選手からいろいろなことを学びながらプレーしてきたので、ちょっと守備的になったり、ちょっと攻撃的になったりということもありました。
一種のアピールじゃないですけど、自分はこういうプレーもできるんだぞって。ボランチとして試合に出続けるために、前にパスをつけるとか、攻撃的な部分を意識していたところもあります」
試合を重ねることで、柴戸は攻と守のバロメーターの振りを小さくできるようになった。
自信をつけたことで、個ではなく、チームという単位で物を見られるようになったのである。
「今はとにかくチームのバランスを考えてプレーしています。他の選手が上がったときのリスク管理や自分の立ち位置を変えてスペースを埋めることを意識しています。分かりやすい場面で言えば、ショルツがボールを前に運び出すことが多いので、そのときのカバーリングや後ろでのサポートも一つです。
もう1人のボランチと組んだときには、どちらかと言えば、僕のほうが守備的な選手だと思うので、中央や後ろに残りながらリスク管理してバランスを取ることにはかなり気を使っています」
高い危機管理能力がセカンドボールをことごとく回収して、再び攻撃につなげることに一役買っている。
カバーしてくれているという安心感がコンビを組む平野の良さを引き出してもいる。
「佑一は首を振っている回数も多いですし、縦を見る、縦に出すというところは自分も刺激を受けています。その佑一の特長である縦にパスを入れやすいように、自分はサポートしたい。仮にボールを失ったときには、自分が相手のカウンターを遅らせたり、止めたりして、攻撃に体力を使えるように気をつけています」
ただし、柴戸が見据える先はもっと、もっと遠く、遙か上にある。
「得点のところでボランチが点を取れるようになったら、チームはもっと上に行けると思いますし、戦い方の幅も増えてくると思うので、今はチームのバランスを意識してプレーしていますけど、得点を取れるボランチになりたいと思っています。
チームとしてビルドアップからゴール前まで運ぶパスワークや連動性は、かなりできてきていると思うので、次の段階としてはゴール前の崩しにしても、多少、強引さがあってもいいのではないかと感じています」
押し込みながら、結果的に1-1で引き分けたガンバ大阪戦。42分にミドルシュートを狙ったのも、チームに流れがあると分かりながら得点が奪えない状況を、強引に変えるための手段だった。
それもこれも、試合の“局面”ではなく、“大局”が見えているからだ。
その意識と自覚はチームに対するコメントを聞いても感じることができた。
「チームとしては後ろからビルドアップをして、しっかりとボールを握って戦うことを意識していますが、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)の出場権を獲得するという目標を考えたとき、正直、内容はどうでもいいというか、結果を追い求めていく段階に来ていると思っています。
試合を支配した、支配されたというのはあるとは思いますけど、結局のところ、相手よりも1点多く奪って勝てばいい。ガンバ大阪戦のように、これ以上、勝てる試合を落とすわけにはいかない。これからはさらにチーム一丸となって、目標に向かって、結果を追い求めていく必要があると思っています」
プレーは自信へとつながっている。
また、自信はプレーへとつながっている。
「今年で26歳になり、若い選手も多く入ってきて、ポジション的にも中央でプレーしているので、自分が本当にリーダーシップを発揮していかなければいけないという思いは芽生えはじめています」
ファジー=曖昧なポジショニングを取ることで、柴戸は相手を翻弄し、チームを動かしている。
次は自らのプレーで、強引にでも流れを引き寄せられるかどうか。それができたとき、柴戸は埼玉スタジアムのピッチを支配する。
(取材/文・原田大輔)