WEリーグ開幕から三菱重工浦和レッズレディースは5試合を終えた。
森栄次総監督にここまでの試合を振り返ってもらうと、内容だけでなく、チーム作りへの思いを聞かせてくれた。
見えてきたのは「気遣いができるチーム」というキーワードだった。
日テレ・東京ヴェルディベレーザとの開幕戦を、森総監督は次のように振り返る。
「相手がベレーザということで、昨年やってきたことがどこまで通用するかを知る意味でも、真っ向からぶつかりたいという思いがありました。だから、何か策を講じるのではなく、今、自分たちが持てる力を出し切りたいと考えていました。相手もそうしたスタイルで戦ってくれると思っていたので、おもしろいゲームができればいいなという気持ちで試合に入りました」
携わるひとりの人間としてWEリーグを成功させたいという思いがあった。
実際、前半に先制されながらも49分に菅澤優衣香のゴールで追いつき、88分に塩越柚歩の鮮やかなゴールで逆転勝利を収めた試合は、エンターテインメントとしても魅力のあるものだった。
「試合前のミーティングでは選手たちに『レッズらしく戦おう』と伝えていました。当たり前ですけど、戦う、そして走ろうと。WEリーグ開幕のスタートを飾るゲームだったので、見に来てくれたファン・サポーターに走る姿、一生懸命戦っている姿を見てもらおうと送り出しました。
試合は多少の運もあったのかもしれませんが、昨年からやり続けてきたことによる底力みたいなものが、ユズ(塩越)のゴールを生んだと思います」
ホーム開幕戦となった第2節のノジマステラ神奈川相模原戦も2-0と勝利したが、森総監督は「ホーム開幕ということもあって、リスクを冒す場面が少なくなり、勝ちへのこだわりに意識が強く傾いてしまった」と語る。
それを払拭して、結果と内容の両方を示したのが、WEリーグの目玉になっていくであろう大宮アルディージャVENTUSとのさいたまダービーだった。
安藤梢、猶本光、菅澤、遠藤優と異なる選手がゴールを決めて4-1と勝利。続くAC長野パルセイロ・レディース戦では苦しい展開ながら2-0で勝ち切り、チーム力が向上していることを示して見せた。
「粘り強いチームになってきたことについては、みなさんも言ってくれています。言い方は悪いかもしれませんが、1点ビハインドになったとしても、いつでも取り返せる雰囲気を作り出したいんです。
正直に言えば、うちが目指しているサッカーはリスクがある。私としてもそれは重々承知していて、センターバックやGKに負担が掛かっていることも分かっています。それでも点を取りに行くスタンスを貫きたい。その姿勢があるから、ファン・サポーターも試合を見に来てくれているところがあるのではないかと思っています」
ボールを動かし、人も動いていく攻撃的なサッカーは、中盤の選手たちが流動的に動くだけでなく、サイドバックも頻繁に攻撃参加を繰り返す。
前に重心があるため、後ろにいるセンターバックやGKは、どうしてもリスクと隣り合わせになる。
それでも森総監督が、このサッカーを指向するのはゴールを奪うサッカーの醍醐味と、見る人たちに楽しんでもらいたいという信念にある。
当然、そこには「勝利」も同義として含まれている。
サンフレッチェ広島レジーナに1-2で敗れ、今季初黒星を喫した試合についても、森総監督はこう語ってくれた。
「自分たちの目の前にいるINAC神戸レオネッサが負けていないので、特に選手たちは僕以上にあの1敗の重みを感じています。いつも僕は選手たちに『引き分けは負けに等しい』と言っている。Jリーグのようにチーム数が多く試合数も多ければ、ときに引き分けも価値があります。でも、WEリーグはチーム数も少なく試合数も少ない。ひとつ引き分ければ2ポイントを失うことになる。
だから、引き分けを狙うのではなく、勝ちに行こうと、たとえリスクがあったとしても引き分けではなく勝ちに行こうと伝えている。その姿勢や思いが、サンフレッチェ広島レジーナとの試合では逆に作用してしまったように感じています」
戦い方によっては勝ち点1を拾うことはできたかもしれない。だが、レッズレディースはあくまで勝利を目指した。
改めて決意するかのように、森総監督は話してくれた。
「でも、僕自身は普段から言っていることなので、そこは曲げたくない。だから、今後も勝ちに行く姿勢は貫きたい。選手たちもそのイメージを持って戦ってくれているので、同点になったとしても、攻め続けようとしてくれた。だから、この敗戦は僕自身の責任、僕自身が修正していなかければいけない」
今季は楠瀬直木監督を迎え、森は総監督という立場に変わったが、チームを率いて3年目になる。勝ちに行く姿勢だけでなく、戦術、思考に至るまで選手たちに浸透してきている。
「やり方は変えないとずっと言い続けています。いつでもどこでも、というわけではないですが、いろいろな選手が点を取れるチームを目指したい。そういう意味では、ここまで菅澤だけでなく、高橋はな、柴田(華絵)、水谷(有希)も決めてくれた。そうやって勝つチームが作れたらいいなと話したことがあるんです」
前述したように、特に中盤が流動的にポジションを変えていくスタイルは、相手にスカウティングさせにくくするという狙いもある。
ただ、話を聞けば、根底には森総監督のサッカー観が見えてくる。
「選手が行ったきりで終わるとか、パスを出したら終わりというのではなく、そのあとにも自分の仕事がたくさんあるというか、味方が動いた穴を誰かが埋めるという考えがあります。ようするに“気遣い”ですよね。自分が行くだけではなく、相手(チームメート)を気遣えるチームになってきていると感じています。
サッカーがただうまいだけでなく、気遣える、気づくことができなければ、このチームには入っていけないし、特に中盤は誰でも簡単に入れるというものではないかもしれません。選手自身が持つ性格というか、パーソナリティー。人のために動いてあげられる、味方のためにサポートできる選手が多いと思います」
練習ではボールがあるところではなく、ボールのないところにフォーカスしているのもそのためだ。
「ボールがないところで一生懸命に動いている選手が正しいということを発信しています。その結果、みんながそれをやろうとしてくれている。人が動いてスペースを空けてくれたプレーに対して『ナイス!』という声が出るようなチームにしていきたいんです」
2019年に浦和レッズレディースを率いることになったとき、攻撃的なサッカーを目指すとともに、気遣いのできるチームを作ることができるかが「僕自身の挑戦でもあった」と森総監督は教えてくれた。
「去年、この形を貫いて、(なでしこリーグ優勝という)結果を残してくれたので、僕自身もこのサッカーが間違っていないと思うことができた。ここから先はこれをもっと、もっと楽しく。見に来てくれた人にもその楽しさが伝われば、そこが目指すところなのかもしれません」
試合数の少ないWEリーグはひとつの引き分け、ひとつの敗戦が大きく影響する。
10月31日のジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦、そしてホームで戦う11月7日のINAC神戸レオネッサ戦も勝利以外に目標はない。
「そこは絶対に勝ちますよ、と言っちゃいたいくらい勝ちたいですね。それは僕だけでなく、誰よりも選手たちが思っている。あの敗戦で、選手たちも目が覚めたというか。もっとやらなければ、と目の色が変わっています。球際、トラップ、パス一つつひとつにこだわりを持って全員でやっていく意識が出ています」
そして森総監督はチームへの思いを語ってくれた。
「僕はここに来たとき、チーム力について話をしたんです。チーム力を高めていくことで、チームは強くなると。素晴らしい個をたくさん集めてチームを作っていくというやり方もありますが、僕のやり方はちょっと違っていて。だから、ここに来たときも特別な補強というのはしませんでした。今いる選手たちでどこまでチーム力を高めることができるかが、僕自身の挑戦でもあったからです。
今、そのチームができつつある。だから、もっとチームとして戦っていきたいし、チームとして勝っていきたい。チーム力でどこまで勝つことができるか。このサッカーでどこまで勝つことができるかが、三菱重工浦和レッズレディースの挑戦だと思っています」
森がチームを率いて3年目——今、三菱重工浦和レッズレディースは周りを“気遣える”選手たちが戦っている。
(取材/文・原田大輔)