大原サッカー場では思わず、目を奪われる。綺麗な弾道のパントキックが、ピンポイントで味方の足元に届く。その精度の高さは、西川周作と遜色ないくらいだ。
GKグローブを手に持ち、グラウンドから引き揚げてくる吉田舜に声を掛けた。
「昔、憧れた『マイヒーロー』ですか? 周さんですよ、本当に『西川周作』」
吉田が初めて西川を目にしたのは、小学生の頃だった。当初、大きな衝撃を受けたのは代名詞のキックではなく、派手なビッグセーブ。
年代別日本代表の試合を見ていたときだ。ゴールマウスを守る守護神は、相手のヘディングシュートに鋭く反応し、横に大きく跳んで、片手1本で弾き出した。
「こんなすごいキーパーがいるんだ、と驚きました。そこから周さんのことを追うようになり、パントキックもよく練習するようになったんです。中学校時代のクマガヤSCではキックに力を入れて取り組み、コーチからは周さんのような『横蹴り』を教えてもらいました」
気がつけば、吉田の武器のひとつになっていた。名門の前橋育英高校に進み、パントキックで全国高校選手権の会場をわかせると、「西川周作みたい」と言われて喜んだ記憶もはっきりと残っている。
その後、法政大学に進み、プロ入りしてからも、西川はずっと偉大な存在だったという。
「一般的に見ても、周さんはレジェンドだと思いますが、僕の中では特別なレジェンド。ザスパクサツ群馬から大分トリニータに移籍したときは、感慨深かったです。あの『西川周作』がキャリアをスタートさせたクラブで、僕もプレーできるんだって。
まさか、そこから浦和レッズでチームメイトになるとは思わなかったけど。10年以上前から見てきた選手と今一緒に練習しているんですから。あらためて思うと、まだ現役の一線でプレーしている周さんは、やっぱりすごいですね」
今年1月、初めてレッズで顔を合わせると、ニコニコした笑顔で気さくに話してくれた。見てきたイメージそのまま。裏表がまったくない人柄にも感銘を受けた。
「本当に良い人で、良い先輩。ちょっと抜けているところもありますが……。練習中に場の空気を和ませてくれることもあります。きっとフィーリングでプレーしているんでしょうね(笑)」
もちろん、同じGKとして尊敬すべき点は山ほどある。新たなことにトライしてもすぐに順応し、いざゴールマウスに立つと、安定したセービングを披露する。細かなポジショニングなどは、よくアドバイスをもらっているという。
「昔、憧れた人ですが、今はポジションを争うライバルのひとりだと思っています。自分の武器であるキックでは負けたくないです。ニエ(牲川歩見)さんも良いキーパーですし、まだ敵わない部分もあります。地道に一歩ずつですね」
ジョアンGKコーチのもとで学ぶことで、たとえミスが起きても、すぐに対処できる術を身につけてきた。まだレッズでは公式戦のピッチに立っていないが、自信をのぞかせる。
「昨年は試合ごとに緊張していましたが、今は違います。もう困ることはないのかなって。『どういう状況になっても対応できる』というメンタルの持ち方が、レッズで大きく変わったところです」
ボロボロになった自分のトレーニングウエアを指差し、「(鈴木)彩艶に破かれました」と冗談交じりに笑うが、厳しい練習を積み重ねてきた証である。
(取材・文/杉園昌之)
外部リンク