出場機会に恵まれない多くの選手たちが悩まされるのは試合勘であり、ゲーム体力。いずれも強度の高い公式戦でしかつかめないもの、とよく言われる。
ただ、岩波拓也に限っては例外なのものかもしれない。
8月22日、AFCチャンピオンズリーグのプレーオフでは1カ月と10日ぶりにセンターバックとして先発フル出場し、無失点勝利に貢献。何度もクロスをはね返し、体を張ってシュートをブロックしていた。
圧巻だったのは8月25日のJ1第25節の湘南ベルマーレ戦。マリウス ホイブラーテンの出場停止でめぐってきたチャンスで、課されたミッションをしっかりこなした。
「試合前、(マチェイ スコルジャ)監督には『(湘南は)大橋が起点となるので、仕事をさせないようにしてくれ』と何度も言われていました。ファウルは多くなりましたが、起点をつくらせないように意識していました」
言葉どおり、ほぼ完璧にシャットアウトし、完封勝利の立役者となった。
センターバックの本分は、相手FWを封じること。ヴィッセル神戸時代には、ブラジル人のネルシーニョ監督からマンマークで潰す守備を叩き込まれたという。
浦和レッズに加入してからは、先輩の槙野智章から多くを学んだ。
移籍1年目の2018年。遠藤航、マウリシオ、槙野智章の3バックになかなか割って入れず、苦しんでいた時期に槇野から言われたことがある。
「守備はリアクションではなく、アクション」
持ち味の予測力を生かして、スマートに守るだけではない。ときには潰し役に徹する必要もある。
その時期も腐らずに練習に励み、いざピッチに立ったときに存在感を示した。そして、遠藤移籍後のシーズン後半から定位置をつかむと、安定したパフォーマンスを発揮した。
あれから5年。再び試練の時を迎えているが、このままベンチを温め続けるつもりはない。アウェイの地で湘南の攻撃陣を封じ込めると、胸を張った。
「選手として死んでいないことを証明できた」
センターバックでコンビを組んだアレクサンダー ショルツも、その奮闘ぶりに舌を巻いた。
「10点中10点。パーフェクトだった。アグレッシブにアタックし、カバーもできていた。パスもアキ(明本考浩)が冷静に決めていれば、アシストになっていたと思います(笑)」
持ち味である対角線のサイドチェンジもまったく錆びついていない。
湘南戦では明本に絶妙のロングパスを通し、絶好機を演出。普段の練習から常に狙っており、感覚が鈍ることはないという。
インターハイ出場経験を持つ父親に叩き込まれたキックは、岩波の原点である。小学生時代は公園の木にぶらさげられた多くの水風船をすべて割るまで家に帰してもらえず、雨が降る日も徹底してコントロールを磨いた。
昔も今も正確なキックは絶対的な武器。レギュラーの座を奪い返す近道はないかもしれないが、右足を研ぎ澄ましながら再びチャンスを待つつもりだ。
「次、いつ出番があるか分からないですが、そこに向けて準備したい」
脂が乗っている29歳は、目をぎらぎらさせている。鉄壁を誇るレッズの守備陣は、ひとり欠けてもそう簡単には崩れない。
(取材・文/杉園昌之)
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