ダイナミックなサイドチェンジが戻ってきた。
自陣の右サイドから対角線上の左アウトサイドへ。
鋭い矢のようなパスが寸分狂わずに届くと、会場からどよめきが起こる。苦難を乗り越えた岩波拓也は、あらためて持ち味である右足の感覚に手応えを感じている。
「大槻(毅)監督に『お前の武器はあれだ』と明確に言われて、どんどん増やしていこうと思いました。自分のロングボールがチームの武器になるんだと実感しています」
いまや戦術の一つになっていると言ってもいい。本来の姿を取り戻してきた男の言葉には自信があふれている。
左アウトサイドに入る選手の個性によって、キックの種類を変えているという。宇賀神友弥が入れば、ピタリと足元に供給。内側に入るクセのある山中亮輔には動きに合わせたポイントへ、スピードのある関根貴大ならば少し前に落とす。
「うまく微調整しています。思いどおりにキックができると本当に気持ちいいです。最近は自分も納得できるパスが増えてきました。もっといい形につながれば、さらに効果的になると思います」
大槻監督からの信頼はひしひしと感じている。昨季途中、暫定的にチームを率いたときも、先発に抜てきされた。当時は移籍1年目で出場機会をつかめず、苦しんでいたが、試合に出ることで赤いユニフォームの重みを感じ、ビッグクラブでプレーする意味を肌で知れた。
「僕は神戸時代から数多くの監督のもとでプレーしてきましたが、『この人のために頑張りたい』と思った数少ない一人です。誰が監督でも勝利のために戦っていますが、大槻監督が率いるレッズのために勝ちたいという気持ちはいままで以上に強いですね」
期待に応えるためにも、がぜん気合が入る。今季はすべてが結果につながっていないが、パフォーマンスは確実に上向いている。十八番のキックだけではない。積極的な守備も目立つ。大槻監督に細かくポジショニングを指示されてから、インターセプトの回数が増加した。
「狙いやすくなりましたし、相手との距離も詰められるようになりました。自分自身、良くなっている感覚はあります」
得意のフィードがより生きているのも、ボールを奪う機会が増えたからだろう。
技術力の高い岩波は前に出てパスカットをしても、トラップが乱れることはほとんどない。冷静に止めて、正確に味方へつなぐ。スキあらば、カウンターに直結するパスも狙う。
攻撃のスイッチを入れる縦パスは絶妙だ。興梠慎三の浦和歴代最多となるクラブ通算92点目のゴールも、岩波の右足から始まっていた(18節ベガルタ仙台戦)。
武藤雄樹が守備ブロックの間に入り込んだ瞬間を見逃さず、すかさずくさびを打ち込んだ。
その後の展開は周知の通り。武藤が巧みなターンで前を向いてラストパス、ボールを受けた興梠は美しいループシュートでゴールネットを揺らした。背番号31番の名前はアシスト、得点の記録には残っていないが、その働きぶりは価値あるものだった。
「あれは一番の理想ですね。武藤くんとはいい関係を築けています。いろいろなところにパスを通す自信はあります」
堂々とした表情には充実感が漂う。少し前まで思い悩んでいたのが嘘のようである。昨季途中から出場機会をつかんでピッチに立ったが、しっくりきていなかった。
「サイドチェンジをあまり蹴らなくなっていたんです。チームの武器になっていない、と思ったので。パスを受けた選手が困っているように見えて、あえて蹴るのを控える時期もありました」
今季はシーズン序盤こそスタメンを確保していたが、途中からはリザーブへ。それでも、腐ることなく、黙々と練習に打ち込んできた。
チャンスを待ち続けるなか、ポジションを争う鈴木大輔の言動に感銘を受けた。練習に取り組む姿勢はプロフェッショナルそのもの。よく声をかけられ、2人で話すこともあった。鈴木は今季、加入したばかりでまだ付き合いは浅いが、大きな影響を受けている。
「本当に尊敬できる人です。ライバルですが、すごい選手だと思います。人として、見習うべきところがたくさんある。試合に出ていないときの振る舞いは、とても僕にはマネできない。僕にないものを持っています」
岩波は各年代別の日本代表を経験し、神戸時代は若い頃から主力として活躍。エリート街道を歩んできたものの、代表クラスがひしめく浦和でこれまでに悔しさを味わった。
先輩の言動からも多くのことを学び、精神的にタフになった。そしていま、自らの将来像を明確に描き、はっきりと口にする。
「浦和の軸になるようなセンターバックになりたい。僕はまだミスもあるし、自分の調子が悪くて負けることもあります。
そんな試合もありますが、揺るがない何かを手にしたい。
浦和を引っ張っていける選手になるのが目標です。世代交代は下の選手たちがアピールし、突き上げていくもの。いまはシンゾウ(興梠慎三)さん、槙野(槙野智章)くんに頼っている部分はありますが、将来は自分たちの年代が中心になっていかないといけない」
レッズの看板を背負う漢になるためにーー。自分と向き合い、一歩一歩進んでいる。
(取材/文・杉園昌之)
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