安曇野市穂高西中学校2年の飯沼永遠(とわ)さん(13)は、地元の農産物直売所に年間1万点余の野菜を出荷している。あづみ農協(本所・安曇野市)の正組合員。日中、学校に通っていても栽培できる葉物野菜を中心に年間約20品種を栽培する。農業が生活の中心と言えるほど夢中になっており、父親から管理を任された市内の3アールの畑に、平日の早朝、夕方と、休日に通って作業に汗を流す。
◇
永遠さんは2、3歳の頃から、農家で祖父の春夫さん(71)や父親の竜也さん(42)と、安曇野市穂高牧の祖父母宅から車で5分ほどにある畑に通った。北アルプス常念岳を望む計約4ヘクタールの畑では今も、ナガイモ、トマト、レタスなどを栽培。最初は土遊びをしていた永遠さんはやがて農作業に興味を持ち、小学校に上がる頃には畑の隅で、野菜を育てるようになった。
最初に育てた野菜はチンゲンサイ。栽培の期間が短く、育てやすいと竜也さんが勧めた。収穫したチンゲンサイは母親が炒め物にして、食卓に並んだ。「自分が種をまいたものがおいしい料理になる。食と密接につながる農業にひかれた」と永遠さんは語る。将来も農業をするのが夢で、収益は大切に貯金している。
■初めての出荷は小学2年生
出荷を始めたのは小学2年生の初夏。「せっかく作っているなら」と竜也さんが提案した。出荷先は、あづみ農協が運営する直売所「安曇野スイス村ハイジの里」。県道沿いにあって、地域住民も観光客も訪れる人気の施設だ。見た目も味も十分商品になる、と竜也さんが判断したホウレンソウとハツカダイコンを、「永遠の野菜シリーズ」と銘打ち、永遠さんの似顔絵を印刷したシールを袋に貼り、竜也さんの名前で出荷した。
小学4年生の時、永遠さんは年間50日以上農業に従事しているとなることができる、あづみ農協の正組合員となった。農産物を協同で販売する農家の互助組織である農協の組合員になると、自分の名で農作物を出荷できるためだ。県農協中央会(長野市)によると、正組合員の中学生は県内ではとても珍しいという。
永遠さんの現在の仕事場は祖父母宅近くの約3アールの畑。近くの住民から竜也さんが借り、永遠さんが管理を任されている。チンゲンサイ、ミズナ、カラシナ、シュンギクといった葉物野菜を中心に、シシトウ、ジャガイモなどを季節に応じて育てる。種まきや草取りだけでなく、使う肥料も自分で決める。トラクターによる土おこしは、竜也さんにやってもらう。
■地球温暖化や食料自給率を意識
永遠さんには今、気になることがある。昨年は猛暑でハツカダイコンの根が黒く変色し、売り物にならなかった。もともと涼しい気候を好む作物だが、「温暖化による影響を肌で感じている」。
学校の授業で国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)が取り上げられ、農業をはじめ、社会の持続可能性を考えるように。農業や食に関係するニュースに関心を持ち、日本の食料自給率の低さが気になるという。
同級生は農業をすることを応援してくれるけれど、やってみたいという声は、まだ聞かない。永遠さんは「生きていく上で最も大切な、食を支える仕事だということを伝えたい」と話している。
◇
日本の食料自給率は、カロリーベースで38%(農林水産省調査、2022年度)。他国の作物に依存する割合が高く、異常気象や国際紛争で輸入が細れば、食料不足に陥るリスクも指摘されている。全国的に農家の高齢化と減少が進む中で、若い世代の関心を高め、農業の担い手を増やしていくことが、豊かな食文化を守る上でも欠かせない。
県内でも、農家の減少と高齢化が大きな課題となっている。仕事として自営農業をする人は2020年時点で、5万5千人余で、この20年で40%近くも減少した。65歳以上の割合は73.5%に上る。40歳未満で新たに就農した人はこの15年のうち、2014年度の253人をピークに減少。2020年度は142人だった。
県は、新たに就農する人を増やす狙いで、2023年度に若手就農者の働き方を紹介するガイドブックを1万2千部作成し、県内の全中学・高校に配布した。自分で農業経営をする「自営就農」だけでなく、初期投資がいらず、未経験でも従事しやすい農業法人に就職する「雇用就農」という選択肢を紹介。20~30代の若手従事者の働き方ややりがいを伝えている。
外部リンク