豚汁や煮物の具材として身近なサトイモに「善光寺(ぜんこうじ)」という品種がある。長野市の市立長野高校3年の木下実優(みゆ)さん(18)は昨年度、学校の探究学習でその名を知り、夏から秋にかけて校内の菜園で育てた。主に栃木県で古くから栽培される品種で、長野県での生産は少ないが、強い粘り気と甘みが特長。信州での普及に努める市内の農家に育て方を教わっている。今年は新たに、うまさを知った下級生も仲間となり、地域に「善光寺」を広めようと夢をふくらませる。
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木下さんが善光寺の栽培に取り組み始めるきっかけは、幼い日の記憶にある。父の転勤で飯田市にいた5歳の頃、下伊那郡天龍村の伝統野菜「ていざなす」を素焼きで食べ、おいしさに驚いた。
高校の探究学習では当初、「ぼたんこしょう」(中野市)と「そら南蛮」(小諸市)といった伝統野菜を育て始めた。担当教員から善光寺の栽培も打診され、「名前を聞いたことも食べたこともなかった」が、迷わず「やります」と返事した。
昨年の6月末、菜園に植えた種芋は15個。学校のほど近くに住む農家で、善光寺の普及に取り組む善財三枝子さん(76)から、栽培のこつを聞くと、乾燥に弱く、夏は多くの水やりが必要と知った。
夏休み中は苦労の連続。所属する卓球部の活動の後、毎日、ホースを引き出し、畝の間に水がたまるまで水やりを続けた。「部活で腕や脚はガクガク。ホースはとても重たかった」。照りつける日差しに汗だくになり、「なぜ、こんな辛い思いを…」と思うことも。葉裏のアブラムシは牛乳をかけ、丁寧に駆除した。
善光寺はすくすくと葉と茎を伸ばし、背丈は1メートル以上に。10月下旬、同校と併設の中学校の生徒ら計約20人に手伝ってもらい、掘り起こした。親芋の周りには多くの子芋と孫芋がつき、計400個余に増えていた。
収穫の3日後、手伝ってくれた生徒らを招いて校内で試食会を開いた。善光寺と、スーパーで買った2種類のサトイモを蒸し、何もつけずに食べ比べてみた。用意した芋煮の味に、笑顔が広がった。
この日初めて善光寺を口にした木下さんは、「のどに詰まると思うほどの粘り気なのに、口当たりは滑らか。やさしい香りと、こくのある甘み。これまで食べたサトイモとは別物だった」と言う。
善財さんからは「私が育てたものよりおいしい」と言われて、涙が出そうになった。
収穫や試食会に参加した高校の後輩たちに、「一緒に育てない?」と声をかけると、2年生4人が賛同。今年度は複数人で水やりを分担することに。今月2日に行った種芋の植えつけに参加した駒村慧伊(さとい)さん(17)は、「善光寺はおいしい。自分が育てたものを食べるのが楽しみです」と語る。
栽培の活動を通じて「善光寺という名前の由来が気になってきた」と木下さん。だがネットで調べても、善財さんに聞いてもはっきりしない。「由来は明確でないが、味は間違いない。自分が卒業した後も校内で栽培が続き、地域に広まるよう、ファンを増やしたい」と考えている。
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