30本中2本。
これがJ1で戦っている広島の現実なのか。30本はクロスの本数。そして2本はゴールになった回数だ。
スキッベ監督がこだわっているのは、クロスの精度と中の入り方。この時のトレーニングでは、入るタイミングが早過ぎないように自らスタートの指示を出していた。そしてなんといっても、誰もが楽しそう(3月30日撮影)
3月24日、ミヒャエル・スキッベ監督が課したクロス→シュートのトレーニングでゴールを守ったのは、2体の人形とGKのみ。そんな条件下でも、30本中2点が現実。ゴール前に入っていく2人の選手にクロスがピタリと合うシーンもほとんどなかった。
クロス→トレーニングで30本中10点のノルマに達成しなかった時、フィールドプレーヤーには30回の腕立て伏せが課せられる。そしてスキッベ監督も自ら腕立て伏せを行うから、他のコーチ陣もやらざるをえない。1日3回のセッションで全て目標未達なら1日90回の腕立て伏せ。なかなかにハードだ(3月30日撮影)
ただ、スキッベ監督は諦めない。次の日も、翌週も同じ練習を続け、選手たちを熱っぽく指導した。
「無理して1タッチであげなくていい。中の様子を見てからクロスを入れろ」
「人形が立っている位置を狙え。そこがクロスのベストポイントだ」
徹底的に練習を継続することで、精度も成功確率もあがっていく(3月30日撮影)
「速くて鋭いボールじゃなくていい。精度が大切なんだ」
「中には早く入り過ぎるな。タイミングをずらして飛び込め」
基本中の基本。しかし、その基本ができていない現実を突き付けられた選手たちは、必死に食らいついた。
クロスの精度だけでなく、入ってくるタイミングも細かく指導(3月16日撮影)
湘南戦前日となる4月1日の練習後、指揮官は笑顔で言った。
「昨日の非公開練習でもクロス→シュートをやったのだが、ついにノルマ(30本中10点)を達成したよ。2セットやって、どちらともね」
昨年、広島と指揮官との交渉の時に立ち合った松尾喜文氏がそのままコーチに就任してスキッベ監督の通訳に。彼の明るい個性と丁寧な通訳がチームを助けている(3月16日撮影)
翌日、湘南戦での決勝点は藤井智也のクロスを満田誠が叩き込んだもの。この試合を含め直近の公式戦5試合で広島は8得点。うち7得点がクロスから生まれた。それまでの公式戦6試合での6得点中、1点もなかったクロスからのゴールが、だ。
横浜FM戦とルヴァンカップ名古屋戦でクロスから得点を決めた森島司も、名古屋戦でアシストした野上結貴も、同じ言葉を口にした。
「得点は練習どおり」
日本代表から戻ってきた佐々木翔がフォーメイションの変化などの練習について質問。福岡戦での劇的勝利後、「ショウが中心となってチームを導いてくれた」とキャプテンの働きをスキッベ監督は高く評価していた(3月30日撮影)
4月10日の福岡戦当日、チームが突然コロナ禍に襲われた時、指揮官は語った。
「確かにいい選手が出場できなくなったが、替わりにいい選手が入ってプレーするだけだ」
その言葉を信じた選手たちは団結して闘い、勝利を掴む。劇的な決勝点を決めた柴﨑晃誠もまた、こう言った。
「得点は練習どおり」
この言葉こそ、広島好調の要因である。
ミヒャエル・スキッベ(Michael Skibbe)
1965年8月4日生まれ。ドイツ出身。度重なる膝の大ケガに苦しみ、22歳で選手を引退。その後は指導者として成長し、1998年には33歳でボルシア・ドルトムントの監督に就任。2002年ワールドカップではドイツ代表の戦術コーチとしてチームをファイナリストに導き、ブンデスリーガやトルコリーグ、ギリシャ代表の監督を歴任。2022年から広島の監督に就任。新型コロナウィルス水際対策のため来日が遅れていたが、3月5日にチーム合流を果たす。チームが勝利すると選手たちを集め、「明日はフリーだ。自由にしていい」と告げるのが恒例となっている。
【中野和也の「サンフレッチェ熱闘日誌」】