【女子テニス】このテニス、誰かに似てる⁉ ユニークな伊藤あおいが歩むのは、アジアテニスの王道か
「伊達公子さんと、シェイ・スーウェイ(謝淑薇)を足したテニスを目指しています」
この言葉を聞いた時、すべての謎が氷塊するような、カタルシスに襲われた。
伊藤あおいのテニスを見て、衝撃を受け、そして当人に「お手本とする選手」を尋ねた時のことだ。
コート奥が伊藤あおい。フォアのスライスは彼女の豊富な手札の一つ
伊達公子は言わずとしれた、日本テニスの第一人者。ボールの跳ね際を叩く“超ライジングショット”を武器に、パワーで勝る大柄な選手をきりきり舞いさせ、世界の4位へ駆け上がった。
シェイ・スーウェイは、シングルス23位、ダブルスは1位に上りつめた台湾テニス界の至宝。
アスリートと思えぬほどの痩身で、ボールを打つ姿も腰が高く、ともすると本気で打っていないように見える。テニスの教本とはかけ離れたそのフォームで、七色のマジックショットを繰り出して、数々のジャイアントキリングを演じた稀代の業(わざ)師だ。
そして、伊藤あおいである。現在18歳、世界ランク643位のプロ2年生は、まさにこの二人を足したようなテニスを体現するのである。
「ヒタヒタ」もしくは「ペタペタ」の擬態語で表現したくなるフットワーク。テイクバックは小さく、膝はほとんど曲げずに、ベースライン上でボールを捕える。時に球威を無力化するかのように吸収し、時に増幅して跳ね返す。
「目指すは、省エネテニスです」
本気か冗談か、プレー同様に力点の見えぬ語り口で、伊藤はサラリとそう言った。
そんな伊藤は現在、大阪市で開催中の“大東建託オープン2023”に出場中である。
大東建託オープン2023のダブルス戦。手前のコート、前衛の紺のシャツが伊藤
こちらは、ITF(国際テニス協会)公認の賞金総額1万5千ドルの国際大会。伊達公子氏が世界ランク50位以上を記録した日本女子テニス界のOGたちに声を掛け、「若手が日本から世界に羽ばたく橋渡しに」と今年立ち上げた。
その新設大会で伊藤は、21日時点でシングルスでベスト4、ダブルスで決勝に勝ち進んでいる。
なお伊藤のコーチであり、テニスの設計図を描いた父・時義氏は、「だって伊達さんが、小柄でも世界で勝てるテニスを示してくれた。それを見習わない手はないじゃないですか」と笑った。
シェイ・スーウェイをお手本とするのも、同じロジック。
「伊達さんのライジングショットとネットに出る姿勢」、そして「スーウェイの、相手の強打を深く返す技術」の習得が、昔も今も変わらぬ課題だ。
「お父さんが伊達さんに憧れ、私はそれを教え込まれてきた。その伊達さんが大会を開催してくれたことに感謝だし、出場の機会を頂けて光栄です」
殊勝にそう語る伊藤は、「実は伊達さんの試合、ほとんど見たことないんですが」と打ち明け、肩をすくめた。
異端に見えるテニスは、偉大な先達たちの意志の継承。伊藤は力みのない足取りで、独自のテニス道をヒタヒタと進んでいく。
伊藤あおい(いとう・あおい)
2004年5月21日生まれ、愛知県出身。ジュニア期の結果や戦績には重きを置かず、子どもの頃から大人を相手に実戦で腕を磨いてきた。167㎝、右利き。
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