悪童、天才、ヒール、エンターテイナー。
ニック・キリオスを表す言葉は多岐に及び、その一挙手一投足は世論やファンを分断する。
才能は誰もが認めるが、コート内外の粗暴な行為に紳士淑女は眉をひそめる。
一方で、ファンサービスやチャリティマッチ等には積極的に参加し、弱者に手を差し伸べる。
ここ数年は、コロナ禍もあり参戦大会数も少なめ。
自らを、「パートタイム・テニスプレーヤー」と自虐的に称したりもした。
実は、批判の声に傷つき「自殺を考え、自傷行為に及んでいた」と明かしたのは今年の始め。
物々しいタトゥーの下には、繊細な過去が秘められていた。
その彼が今季は、地元開催の全豪オープンでダブルス優勝を手にすると、先のウィンブルドンではシングルス準優勝。
そして現在開催中の全米オープンでは、4回戦で世界1位のダニール・メドベージェフ相手に、スリリングな攻防の末に勝利。27歳にして、ついに天賦の才と結果が結びついてきた感がある。
最近、大舞台で戦う彼の試合を観て、気が付いたことがあった。
キリオス陣営の面々が、彼が1ポイント取るたびに立ち上がり、熱い拍手と声援を送っているのだ。
サーブを打つキリオスの斜め後方が彼のファミリーボックス
そのファミリーボックス席には、コーチやガールフレンドに交じり、ヨネックスの面々の顔もある。
同社はキリオスが10代の頃から、ラケットを提供してきたパートナーだ。
スポーツメーカーのスタッフとして何より心が痛むのは、契約選手に用具が粗末に扱われた時だという。
その意味ではキリオスは、ブラックリストに上がる選手だろう。
ところがヨネックス関係者から聞くキリオス評は、「憎めないヤツ」で統一される。
曰く、「自分に苛立ちラケットを投げることはあっても、ラケットそのものに文句を言うことはない」、「用具のことは、すごく信用してくれている」、「イベントなどで子どもたちに接している姿は、本当に優しい」など。
そのような変わらぬ周囲のサポートに、キリオスは気付き、(今も毒突くことはあるも)深く感謝していると言った。
「周囲の人を裏切り続けた自分にウンザリした。今は、彼らに誇りに思って欲しいんだ」
そう語るキリオスとの絆が、ボックスの姿に反映されている……そんなことを、ふと感じた。
メドベージェフに勝利した瞬間、ボックスのみならずスタジアム中の観客が興奮し立ち上がった
Nick Kyrgios(ニック・キリオス)
1995年4月27日、オーストラリア・キャンベラ出身。ジュニア時代から頭角を現し、19歳時にウィンブルドンでナダルを破り一躍”次代の旗手”として注目を集める。
【内田暁「それぞれのセンターコート」】