多数の犠牲者を出しているロシアによるウクライナ侵攻。経済で世界がつながっている今、日本の家計も影響を免れない。戦争によって、物価上昇傾向にさらに拍車がかかると専門家は指摘するーー。
「世界的に非難を浴びているロシアのウクライナ侵攻。この戦争は“対岸の火事”ではありません。日本経済、ひいては私たちの家計に深刻なダメージを与えそうです」
こう話すのは世界経済と流通に詳しい経済評論家の加谷珪一さん。
2月26日、ロシアの軍事侵攻に対抗するため、欧米各国と日本は、最も厳しい制裁措置のひとつである“SWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアの主要銀行の排除”を行うことを決定した。
「世界中の銀行間の決済ネットワークであるSWIFTから排除されると、ロシアの企業はほかの国とのお金のやりとりができず、貿易がしにくくなります」
石油や天然ガス、石炭など豊富な資源を持ち、世界有数の穀物生産地でもあるロシア。貿易の停滞は、相当な痛手だ。
「ロシアが貿易できなくなることは、ロシア自身だけでなく世界各国にとっても大きな打撃となります。ロシアの主要輸出品である石油、天然ガス、小麦などが供給されにくくなる可能性があるためです。ロシアから直接輸入していなくても、供給量が減る影響による値上がりは他国産の製品にも波及します。日本でも多くの品目に値上がりの影響が出るはずです」
目下、原油高騰に伴いガソリン価格が数カ月にわたって上昇している。政府は石油元売り業者に補助金を出すなどの対策をとっているが、ウクライナ情勢の悪化により、今も補助金分を超えてガソリン価格が上昇しているのだ。
■今年の物価は前年比2.5%の上昇に
原油価格は、コロナ禍からの経済活動の再開などにより、’20年以降上昇を続けてきた。
「今年に入って1バレル90ドル前後で推移し、価格としては高いですが、これ以上は高騰しないのでは、と考えられていました。ところがウクライナ情勢の緊迫化により、原油価格は再上昇。3月2日の段階でニューヨーク原油市場では1バレル114ドル台半ばの値をつけました」
この水準は’11年5月以来、10年10カ月ぶりの高値だという。
「今後も、原油は100ドルを超えたレベルで推移すると考えられます。原油価格の上昇は、ありとあらゆる品物の値上がりに直結します。これまでも、世界的な原材料費の高騰のあおりを受けて、国内メーカーの商品はほとんどのジャンルで値上げが発表されてきましたが、ウクライナ戦争で、その流れに拍車がかかるのです」
今年の値上げの影響額を、加谷さんが試算してくれた。
家庭で消費するモノの物価の動向を表す消費者物価指数を見ると、’22年1月は前年同月に比べ0.5%上昇したと発表されている。
「この数値は、消費者物価指数を1.5%ほど低下させたとされる携帯電話各社の値下げの影響が強く、実際には2.0%程度の上昇と考えられます。つまり、ウクライナ戦争の前から、今年の物価は前年に比べ2%上がっているのです」
そこにウクライナ戦争による物価上昇が加わるのだ。
「日本では、原油価格が10%上昇したときその上昇分がすべての商品に転嫁されると、消費者物価指数が0.3~0.4%上がるといわれています」
しかし、値上げに抵抗感の強い日本では、店頭に並ぶ全メーカーが値上げするわけではなく、全商品のうち実際に値上げされるのは3割ほどだという。つまり、原油価格が10%上がると、消費者物価指数は0.1%上昇することになる。
「今年の原油価格は100ドルを超えたところで推移するでしょう。前年の価格は70ドルほどだったので、今年の原油価格は去年に比べて約50%の値上がりに。よって、消費者物価指数は0.5%上昇する予測が立ちます。つまり、ウクライナ侵攻前の消費者物価指数予測の2%に0.5%を加えた『2.5%』が、今年の出費増額率です」
’21年の家計調査をもとにすれば、50~59歳の勤労世帯(2人以上)の場合、平均的な消費支出が年間410万2,992円のため、同じ買い物をしても、年間10万2,575円出費が増えることになる。
■電気料金はさらなる値上げの可能性も
それでは、具体的に何がどれほど値上げされるのだろうか。特に石油や小麦など供給量の低下が見込まれる原材料と強く結びつくものは値上げ幅が大きくなりそうだ。
「電気代は原油や天然ガスなど燃料の値上がりがそのまま反映されます。ウクライナ戦争の影響として、6月ごろから、さらに価格が上昇するでしょう」
昨年来、値上げが続いている電気料金。じつは、4月分の電気料金が発表された時点で、北陸、関西、中国、四国、沖縄電力の5社がそれ以上の値上げができない「上限価格」に達している。
「上限価格の引き上げには、電力会社が経済産業省に要望する必要があります。今後も原油価格の高騰が続けば上限引き上げを要請する会社はでてくるでしょう」
本誌は3月の時点で上限に達していた北陸電力、関西電力、中国電力の3社に、今後の方針を取材。関西電力の回答は次のようなものだった。
「先行きの燃料価格の動向は不透明であり、足元の燃料価格の動向のみをもって電気料金の見直しを検討するものではないと考えていることから、現時点では検討しておりません」
他社もおおむね同様の回答であった。現時点では、電気料金は上限価格で高止まり。だが、今後も燃料価格の高騰が続けば、さらなる値上げの可能性があるのだ。
「また、航空料金は直近の原油価格の動向を反映して、4月にも燃油サーチャージの引き上げが行われるはずです。さらに、石油はカップ麺や弁当容器の包装、ごみ袋に不織布マスクなどプラスチック製品の原料。春から10~25%ほどの値上りが予測されます」
ロシアは天然ガスにおいても世界有数の輸出国であるため、ガス代の値上がりも予測される。
さらに、ウクライナとロシアは小麦やトウモロコシなど穀物の一大産地。これらの供給も減少する。
「小麦製品では、パンやパスタなどの値上げが相次いだばかりですが、春以降にも5~20%ほど値上がりするでしょう」
トウモロコシの高騰は飼料の高騰につながるため、肉類も値上げの可能性が。ただし、少し遅れて秋ごろからの値上げになるという。戦争の長期化によってウクライナでの農作業が困難になれば、値上がりの影響はより長期的なものになる可能性もある。
ロシア産の金属の供給減は、2月に値上げされたばかりのアルミホイルの価格を春からさらに5%ほど押し上げ、家電についても、当初夏ごろと予測されていた値上げ時期が6月まで早まる可能性がある。