22年3月、成年にあたり記者会見に臨まれた愛子さま(写真:時事通信)
伝統のまま、古式ゆかしい節回しで披露されていく和歌ーー。1月18日には皇居で新年恒例の「歌会始の儀」が行われた。
学業を優先し、宮殿・松の間にはお見えにならなかった愛子さまだが、「友」というお題で寄せられたお歌が紹介された。
《もみぢ葉の散り敷く道を歩みきて浮かぶ横顔友との家路》
愛子さまのお歌について、歌人の梅内美華子さんはこう語る。
「愛子さまは、ほとんどオンラインで講義を受けられてきたと伺っています。友達といっしょに歩いた学校の帰り道を思い出したことを詠まれ、コロナ禍でなかなか会えない日々という時代背景を描き出されているのでしょう。落ち葉を踏む感触から記憶へいたる流れがとても自然に表現されています。
『横顔』というお言葉から、並んで歩いた友達との親しさが伝わってきます。また『散り敷く』という表現は正統派の和歌の作風を感じさせますし、紅葉の乾いた匂いやカサカサという音、靴底のフカフカした感触なども読む側が思い浮かべることができます。
愛子さまがお小さいころから百人一首を楽しまれていらしたという記事を拝見したこともあります。和歌を詠むとき、自然に季節と心情を重ねる詠法を身につけていらっしゃるのではないでしょうか」
テレビの情報番組なども愛子さまのお歌には注目していた。宮内庁関係者はこう語る。
「『めざまし8』(フジテレビ系)では歌会始の選者を務め、愛子さまに和歌のアドバイスをしているという京都大学の永田和宏名誉教授が、『非常に素直に、自分の思いを自分の語彙の中から探して歌にされているのが、とてもいいと思います』と、絶賛していました。
愛子さまの文才は幼少のころから話題を集めてきました。幼稚園のご入園前から、七五調の歌や俳句を作られていたそうですし、学習院女子中等科の卒業文集に掲載された『世界の平和を願って』という題名の作文は、美しい文章に加え、テーマも人々の心を打つものでした。
いまは大学で『新古今和歌集』『更級日記』などの古典を学び、研鑽を積まれています。歌人としての才能をさらに開花させ、今後も和歌という伝統を守っていっていただきたいです」
■持統天皇との共通点は“困難にある人々へ向ける深いまなざし”
皇室で文才にあふれ、お歌の伝統を守ってきた女性のなかには、江戸時代の後桜町天皇(在位1762〜1771年)がいる。
皇室の歴史に詳しい静岡福祉大学名誉教授の小田部雄次さんによれば、
「後桜町天皇は和歌をはじめ書や文筆などにすぐれていたばかりでなく、漢学も好まれました。また譲位後にも、『孟子』や『白氏文集』(唐代の漢詩人・白居易の詩文集)などの進講を受けていらしたのです。
和歌がお上手なこと、そして文学への関心が深いことは、後桜町天皇と愛子さまの共通点ですね」
歴史上、10代8方の女性天皇の御世があった。後桜町天皇が現時点での“最後の女帝”であるならば、“最強の女帝”とされるのが持統天皇(在位686〜697年)だ。
「愛子さまは学習院初等科時代から、学業優秀でスポーツもお得意でいらしたことから“文武両道”とのご評判でした。特に’19年9月、女子高等科3年生のときの運動会では、『ドリブル競争』という種目に副キャプテンとしてご出場。バスケットボールを素早くドリブルし、シュートを正確に決め、チーム優勝の立役者となられたのです。
いっぽうの、天智天皇の皇女で、天武天皇の皇后でもあった持統天皇は、愛子さまとは少々異なる意味での“文武両道”です。
百人一首の1つである《春過ぎて夏来にけらし白たへの衣ほすてふ天の香具山》は、持統天皇の御製で、古来名歌とされています。この歌は愛子さまが勉強されている『新古今和歌集』にも収録されています。
古代最大の内乱『壬申の乱』では夫・大海人皇子(のちの天武天皇)と行動をともにし、さらに自ら即位した後は法律の制定など、律令国家体制の整備に取り組みました」(前出・宮内庁関係者)
前出の小田部さんが、持統天皇と愛子さまの共通点についても解説してくれた。
「もちろん和歌にご堪能なこと、またご自身のお立場を沈着冷静に見つめ、周囲の信頼や期待を裏切らない言動を心がけているようにお見受けすることなど、お二方に相通じる点はいくつもあります。
そのなかでも私がもっとも注目しているのは、“困難な状況にある人々へのまなざしの深さ”です。
『日本書紀』によれば、持統天皇は持統元年(687年)に、都に住む老人・病人・貧民に絹などを与えています。またその年の秋には、685年以前の負債を持つ者から利息をとらないように命じているのです。そのほかにも、減税、雨乞い、罪人の減刑など、民の生活に寄り添う政策をとりました。
現在の皇室は政治には関わりません。しかし、社会的に困難な状況にある人々へ寄り添うことは変わらずに続けています。愛子さまの場合、盲導犬の育成など障害者問題へのご関心も深いですし、昨年末、映画『Dr.コトー診療所』を鑑賞された際には、僻地医療にも目を向けていらっしゃることが報じられました」
皇位継承についての議論も進まず、愛子さまのご将来は不透明なまま。だが愛子さまには、今後も美しいお歌と慈愛の心を国民に示し続けていただきたい。