22歳の元自衛官・五ノ井里奈さんが告発した、自衛隊内での性被害。実名・顔出しでおこなった覚悟の告発だったが、結果は「不起訴」。現在は、異議申し立てをして結果を待っているところだ。
また、第三者委員会による公正な調査を求めて署名活動を開始したところ、10万5000人以上の賛同者が集まった。8月31日、五ノ井さんは防衛省に署名を提出。
「たくさんの思いがこもった署名になっています。厳正な調査と謝罪を求めます。ハラスメントのアンケートも世間の方々からとっており、150件近くの声が集まりました。
その声を無駄にせず、しっかりと、全身全霊でいまの私の問題に取り組んでいただきたいと思っています。まずは私が目的とする第三者委員会を立ち上げていただきたい」
こう語った五ノ井さんに、あらためて自衛隊内にはびこるセクハラの実態を聞いた。
五ノ井さんが自衛隊に入隊したのは、2020年4月のことだ。東北出身の五ノ井さんは、小学校時代に東日本大震災を経験し、避難所へ支援に訪れた女性隊員に憧れを持った。
幼稚園の頃から続けてきた柔道を極めるべく、「自衛隊体育学校」に行きたいという夢もあったことから、自衛隊の門を叩いたという。
約半年間の研修を終え、福島県の郡山駐屯地に配属。だが、事前に女性の先輩から「あそこの中隊はセクハラとパワハラが多いから気をつけて」と不穏な噂を聞いた。いざ配属されると、忠告どおりの日々が待ち受けていたという。
「セクハラ発言とかすごいんだろうな、と覚悟していたんですが、甘かったです。廊下を歩いていたらいきなり抱きつかれたり、『おっぱい大きいね』って言われたりするのは日常でした。
あとは、男性隊員が『柔道しよう』って言いながら技をかけてきて、バックのような体制のまま腰を振ってきたこともありました。周りはただ見ているか、笑っているか。それが当たり前の空気だったんです」
配属された中隊の男女比は、男性隊員58人、女性隊員5人。当時、女性隊員のうち1人は育休中だったため、実質4人。しかも、そのうち1人は、隊内でのセクハラに耐えかね、他の部隊に異動していった。
「同じ部屋だった先輩とは、日常的にセクハラについて話し合っていました。でも、なかなか解決策が出てこないんです。自衛隊は、厳しい上下関係とチームワークで成り立っている職場ですから……。
自分がベテラン隊員だったら言えたのかもしれませんが、入って数カ月では、なかなか『嫌だ』『こんなのおかしい』とは言いづらい。結局いつも、『うまくやっていくしかないね』という話になってしまいました」
そんななか、2021年6月、山での訓練終わりに事件が起きる。この夜、夕食作りを担当していた五ノ井さんは、テント内で料理を作っていた。
しかし、酔っ払った男性隊員5〜6人の輪に入れられ、頬にキスをされたり、下着越しに陰部を触らせられたりといった性被害を受ける。女性の先輩にLINEで助けを求めたが、この先輩も以前からセクハラを受けていたことから、恐怖で助けには行けなかったという。
この日の事件は、誰かが上に報告したことで、中隊内で問題となったが……。
「すぐに『誰が中隊長にチクったんだ』と犯人探しが始まりました。隊内の雰囲気も重くなり、私は密告した犯人として疑われ、すごく居づらくなってしまいました。
それで、わざわざ先輩に『中隊長に言ったのは私じゃありません』って連絡までしたんです。でも、被害者の私がなぜここまで気を遣わないといけないんだろうって思っていました」
その後、五ノ井さんはセクハラのひどかった砲班(大砲を扱う班)から別の砲班に移って活動することに。しかし、わずか1カ月後の8月、五ノ井さんが限界を迎える出来事が起きた。
「地方で約1カ月泊まり込みの訓練があって、また男性隊員たちの部屋で食事を作らないといけなくなりました。
セクハラのひどい班も一緒の部屋で、行きたくなかったけど、仕事だからそうもいきません。案の定『料理はいいから接待しろ』と、男性隊員たちの輪のなかに入れられたんです。
その場で格闘の話をしていた一曹が、三曹に『五ノ井に首をキメて倒してみろ』と言い出しました。
そのまま三曹が私をベッドに押し倒すように技をかけて、腰を振りながら股間を押し当ててきて、腰を振りながら『あんあん』って喘いできたんです。
他の三曹も同じことをしてきて、もう1人の三曹が、私の両手首を押さえつけながら同じように腰を振ってきて。どうにか振りほどこうとしましたが、やっぱり男性の力にはかないませんでした……。
ひたすら終わるのを待ちました。他の隊員たちは、笑っているか、こっちを見ているだけでした」
終わった後、三曹からは「五ノ井って案外力が強いね」と言われた。抵抗していることはわかっていたようだ。
その後、一曹によって話が蒸し返され、最初にやってきた三曹が同じ行為をしてきたという。最後は「これ誰にも言わないでね」と、身勝手な口止めをされた。
「地方での訓練でしたから、すぐに抜け出せる環境でもなく、その後も2日間は訓練に参加しました。私の告発記事を読んだ方から『すぐ逃げればよかったじゃないか』と言われることもありますが、正直むずかしいです。
それでも、どうしても精神的に無理になってしまって、女性の先輩と中隊長に帰りたいと伝えました。女性の先輩は味方してくれるかと思ったんですが、中隊長が『訓練だから』と言い出すと、即座に『そうだよ、訓練だから』と同調されて……。
『私がこれで死んだら、どう責任取ってくれるんですか』と泣きながら訴えて、やっと帰らせてくれました」
8月の出来事があったのち、五ノ井さんは適応障害の診断を受け、休職することに。郡山駐屯地と関わることのない駐屯地に転属したいと伝えたが、「それはできない」と断られた。代わりに提案されたのは、これまでも、よく訓練で一緒になっていた別の駐屯地。
だがそうなると、今後の訓練や駐屯地内で加害者の隊員と顔を合わせる可能性があり、五ノ井さんはこの提案を飲めなかった。
「休職中は、社会から隔絶されたような気持ちになって、とてもしんどかったです。外に出たい日もあったんですが、誰に見られるかもわからないから、引きこもりがちになりました。
孤独だったし、人生の先が見えなくて、死んじゃおうかなと思った瞬間もありましたけど、ちょうどそのとき、大きめの地震が来て。
そしたら、不思議と『こんなことで死んでる場合じゃない』という気持ちになりました。それからは、『いま自分にできることをしよう』と思うようになって、いろんな人に連絡して証言してくれそうな人を探すようになりました」
五ノ井さんの事件は、自衛隊内の「警務隊」に話があがり、強制わいせつとして書類送検された。
だが、内部の聞き取りで、首をキメて倒したことは「見た」「やった」などの証言が出たが、腰を振っていたことに関しては証言が得られなかった。結果、検察から返ってきた回答は「不起訴」。現在は、異議申し立てをして結果を待っているところだ。
不起訴をうけ「とにかく自分からも発信していこう」と決めた五ノ井さん。6月末には、性被害を告発するYouTube動画が公開され、大きな話題を呼んだ。
「自衛隊がきちんと変わるためにはどうすればいいのか、ずっと考えています。世間の人は『民事で裁判を起こして、損害賠償金をもらったほうがいい』と言いますが、この件に関しては、お金で許せるものではないし、お金を払って終わりでは自衛隊の体質自体は変わらない。根本の解決にならないと思います」
自衛隊内でのセクハラの構造について、五ノ井さんはこう語る。
「問題化しようとしても、すぐに『気にするほどのことじゃない』『上に言ったのは誰だ』といった話になり、潰されてしまう空気が蔓延しています。
男性隊員たちには、女性隊員との関わり方を、もっと考えてほしいんです。
セクハラしながら『これが俺たちのコミュニケーションだから』とよく言われたんですが、片方が不快に思っている以上、正常なコミュニケーションではありません。そういう都合のいい考え方は、変えるべきではないでしょうか。
あとは、もっと上の女性の先輩方が、行動を起こしてほしいです。私の経験上、女性の先輩方は親身になって話を聞いてくれますが、実際に守ってはくれなかった。自分の立場で精一杯だとは思いますが、上に立つ以上、下を守るところまでやってくれないと困ります。
野外の訓練時は最初から天幕内に監視カメラを設置するとか、そういう話が上の人から出てほしい。具体的な対策を取らないと、今後も私が受けたような性被害は続いていくと思います」
五ノ井さんは、現在自衛隊に抱く思いをこう語る。
「起きた問題を、きちんと問題化できる仕組みを作ってほしいです。自衛隊内部で解決できていない以上、今後は外部の調査機関も入れて、動くべきだと思います。私が望むのは、厳正な再調査と処分、そして心からの謝罪です。
今回、私が告発したことで、女性隊員の方々から『私もそうだった』という共感や励ましの声を多くもらいました。と同時に、男性隊員の方々からも『男性同士のパワハラもかなりひどい』といった声もいただいたんです。
もっと、男女どちらも働きやすい場所になってほしい。セクハラ・パワハラの再発防止ができるような環境づくりをしてほしいと思っています」
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