今年の土用の丑の日は7月30日。これに合わせ、すき家(うな丼並盛890円)、松屋(うな丼980円)、吉野家(鰻重一枚盛1207円)……と、牛丼チェーンでは昨年に比べて若干プラスでウナギメニューが出そろったが、一方で、国産ウナギの蒲焼は今年も大きく値上がりしている。
原因は、ウナギの稚魚(シラスウナギ)の価格だ。
ウナギは人工的に卵をふ化させて育てることが難しく、漁師がシラスウナギを採り、ウナギを養殖する養鰻業者が育て、市場に出てくる。このシラスウナギの取引価格が、昨年に比べて上昇したのだ。
それにしても、シラスウナギの取引価格の過去10数年の乱高下はすさまじい。2000年代初頭は1キロ10万~30万円程度だった。それが少しずつ上昇して、2012年に不漁を機に一気に高騰して200万円を超えた。以降は248万円→92万円→174万円と乱高下した。
そして2018年に最高値299万円をつけた後は落ち着いたが、2021年は132万円、2022年は220万円、そして今年は250万円と、この3年間は再び急騰している。
この数字は水産庁が発表したものだが、そもそもシラスウナギの流通には “闇” があり、水産庁も実態を把握できていないという。この “闇” については、ジャーナリスト・鈴木智彦氏の著書『サカナとヤクザ:暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館文庫は2021年8月刊)に詳しいが、養鰻関係者が改めてこう話す。
「シラスウナギは、古い慣習の下で現金取引されて記録が残らず、公正な市場が育っていません。それに加え、近年は国内でシラスウナギが採れなくなって輸入が増えましたが、怪しげな中国人業者が跋扈して、ここにも公正な市場はありません。ウナギの価格が高騰したのは、不透明な取引という人災なのです」
この人災を表しているのが “闇取引” の量だ。
2022年の漁期で、養鰻業者が購入して養殖池に入れたシラスウナギの量(池入れ量)は16.2トン。これに対し、国内で漁師が採捕して報告されたシラスウナギの量は5.5トン、輸入は5.8トンの計11.3トンと、池入れ量より4.8トンも少ない。この差、つまり全体の3分の1は、闇取引で養鰻業者に渡ったものなのだ。
水産庁は、国内でシラスウナギの闇取引が横行する原因を以下3つ挙げている。
(1)採捕者が、優良な採捕場所を秘密にしたい等の理由で報告しない
(2)採捕者が、指定された出荷先以外へ無報告で高値販売している
(3)無許可による採捕(密漁)
このうち(2)は、前出の養鰻関係者によれば「規制」が原因だという。ウナギの養殖が盛んな都府県では、産業保護を目的として、シラスウナギの採捕者に対し、その域内で出荷することを義務づけている。しかし、それでは価格が低くなるため、採捕者は高値で売れる域外へ出してしまうのだという。
輸入もまた不透明だ。ウナギは養殖地を「産地」とするため、シラスウナギが国産でも輸入物でも、日本で養殖すれば「国産ウナギ」となる。国内で稚魚が採れなくなると輸入が増え、現在は半分を占めているが、日本への輸出に励んだのが中国人業者だった。
ニホンウナギは、国内の河川で5~15年間生きた後、海へ下り、日本から実に2000キロ南下したマリアナ諸島海域で産卵する。そこで生まれた稚魚(シラスウナギ)が、今度は海流に乗って東アジアを北上して、台湾、中国、そして日本へと至る。
ウナギの生態はいまだに謎が多く、産卵場所が特定されたのも、研究開始から36年後、2011年のことだという(水産庁資料より)。
シラスウナギが北上して一番にたどり着く台湾では、以前からシラスウナギ漁が盛んで、日本にも輸出していた。しかし、日本は国産稚魚の保護を名目に昔から輸出を規制しており、その “報復” とも言われるが、台湾は2007年になって日本への輸出を規制した。
「台湾産の稚魚が輸入できなくなると、中国産稚魚の輸入が増えたのですが、多くは、台湾産の稚魚が中国に密輸されて日本に輸出されてきました。ほかに、二ホンウナギ以外の種も輸出されてきたと見られています。
日本政府は台湾に対して規制解除を求めているようですが、中国人がウナギの美味しさを知って消費量が増えたため、今や、台湾にとっては日本に売るより中国に売ったほうが高く、規制が解除されても、日本がどれだけ輸入できるかわかりません。
中国人業者は、日本で稚魚が採れなくなったことを知っているし、足元を見て高い値をつけてくるのです。それでも日本の養鰻業者は買わざるを得ず、なかには、中国人業者を接待してまで買っているところもあります」(前出・養鰻関係者)
水産庁は長年にわたるこうした状況に対し、国内でのシラスウナギの密漁等には漁業法に基づく罰則を強化して、今年12月からは、違反すれば3年以下の懲役または3000万円以下の罰金が科される。この罰金額は個人に対する罰金の最高額という。
また、ニホンウナギの稚魚は東アジアを回遊するため、日本だけで規制しても意味がなく、中国、台湾、韓国と協議を続け、国際的な資源管理の枠組み作りを目指している。
「しかし、罰則を強化した程度で流通が正常化されるとは思えませんし、国際的枠組み作りは進んでいない印象です。ウナギは知名度に比べて市場規模が小さく、水産庁がどこまで真剣に向き合っているのか疑問です」(前出・養鰻関係者)
今年もまた値上がりした国産ウナギ。ウナギ専門店の鰻重は、今では4000円、5000円が当たり前となり、簡単に食べられるものではなくなったが、この “人災” はまだまだ解決しそうにない。
文・神野俊介
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