「宗教2世」。宗教を信仰する親のもとに生まれ、自らもその信者である、あるいは脱会した子供を指す。自らの意思ではなく親の方針で入信し、独自の信仰生活を送ってきた結果、多くの2世が生きづらさを抱えるーー。
さまざまな宗教の2世たちを取材し、その体験を一人称視点で描いた漫画『「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち~』(菊池真理子著)がにわかに議論を呼んでいる。
同作品は集英社のウェブメディア「よみタイ」で連載されていたが、最新の第5話が2月1日に突然削除された。
第5話は、教団名を明示してはいないが、漫画を読めば幸福の科学がモデルだと一目瞭然。教団が運営する学園の一期生が主人公として描かれている。公開停止後、ネット上がざわつき始め、2月10日には、第1話から第4話(これらは別の宗教団体の2世が主人公)も見られなくなった。
同日、集英社はウェブサイトで「特定の宗教や団体の信者やその信仰心を傷つけるものになっていた」という謝罪文を掲載したが、幸福の科学からの抗議が削除の理由だとの指摘がネット上に出回り、ツイッターでは「表現の自由を捨てるのか」といった同社への批判が沸き起こった。
作者の菊池氏は、納得したうえでのことなのか。取材すると、「この件については集英社から口止めされていますが……」と重い口を開いた。
「担当編集者からは当初、祭壇や施設の描き方など、事実と異なる箇所を直せばいいと言われました。ところが急に、全体的な見直しが必要になったと方針転換されたのです。
その後、編集部で会議を重ねた結果、第5話だけでなく第1話から第4話まですべて、信者を傷つける可能性があるので、連載中止の判断に至ったと言われました。私も反論しましたが、信者を一人取材しただけでは不十分だったと言われ、では何人ならばいいのかと聞いても返事はない。
教団への批判ではなく、あくまで個人の人生を描いたものなのに、宗教団体に過度に配慮するのはおかしいでしょう。集英社も自分たちが無理を言っていることはわかっているのに、もう引っ込みがつかなかったのでしょうね」
菊池氏は、抗議の内容や具体的な教団名について口外することは止められている。集英社も謝罪文の中で幸福の科学という教団名は出していない。そんな同社の姿勢に、新興宗教の問題に詳しい、『やや日刊カルト新聞』主宰の藤倉善郎氏は憤る。
「集英社は菊池さんに対し、幸福の科学から抗議があったこと自体を人に話さないよう求めています。菊池さんや、取材相手の元信者の安全が理由のようですが、いまや身に危険が及ぶようなことはあり得ない。むしろ教団を必要以上に恐れるほうがマズいし、集英社が作品や著者を守らなかったことが最大の問題です。
昨今のメディアの萎縮はすさまじく、弱腰の会社が多い。ここ1、2年で見ると、宗教団体が不祥事を起こしても、その名前すら報じられません。今回の菊池さんのケースについても数社が記事にしていますが、『幸福の科学』とはどこも書いていません」
教団からの抗議を受け、該当する第5話だけでなく、全話すべての削除という過剰反応に出た集英社。菊池氏は、「宗教を扱うことがタブーになっている」と指摘する。
「今回、最終的には集英社からの描き直しの提案に納得がいかず、私からやめさせてくださいと言ったので、いわゆる “打ち切り” ではありませんが、宗教団体の言うとおりに描き直しするなんて、あってはならないこと。しかし、宗教をテーマにすることがこれほど許されないとは、表現の自由はすでに有名無実です。
ただ、脱会した2世の人たちが声を上げる自由も、見過ごされてはならないはずです。私は教義を批判しているわけじゃない。2世であることで、うまく生きられなくなってしまった人の存在を伝えたいし、当事者のなかにも自らの体験が知られることを望んでいる人が多い。その個人の声が封殺されるのはとても残念です」
さらに藤倉氏も、「教団の抗議は予想されたことであり、集英社の対応はすべて誤っている」と、語気を強める。
「菊池さんの作品は、脱会した元信者が自身の体験を語ったものであり、教団批判ではない。本来、幸福の科学が抗議する内容じゃないんですよ。ちなみに、私は学園の開校時に取材したことがあり、菊池さんが描いた一期生が入学した当時を知っています。その私から見て、漫画の内容は事実に合致しています。
にもかかわらず、集英社が謝罪をしたことで “元信者個人の体験を発表してはいけない” という前例を皮肉にも作ってしまった。もはや、手記もインタビューも載せられなくなる。メディアが自ら首を絞める結果になりました」
4月1日、本誌は集英社と幸福の科学に質問状を送った。幸福の科学は抗議した事実を認め、こう回答した。
「菊池氏の該当作品には、明らかな事実誤認が複数存在するとともに、信仰の対象や教義等に対する不当な侮蔑的描写、冒涜等が存在しています。また、親子問題と自立の問題を信仰の問題にすり替えている点もあります。作品の公開停止については、集英社側で独自に検討された結果と思われます」(幸福の科学広報局)
一方の集英社は、制作段階での事実確認や表現の検討が不十分だったため連載中止に至ったとしたうえで、指摘された相手の名前は公表しないと回答した。
メディアの “自壊” により、宗教2世問題の本質は藪の中へーー。菊池氏は「集英社の担当者には、体を張ってでも戦ってほしかった」とつぶやいた。
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