またひとつ、ウクライナの「黄色の大地」が失われた。
6月6日、ウクライナ南部ヘルソン州のカホフカダムで、決壊が発生した。多くの住民が避難を強いられ、水害によって死者・行方不明者が多数、出ている。9日には、ロシアの破壊工作グループがダムを爆破した証拠とする通話音声をウクライナが公開し、ロシア側の攻撃だったと非難した。
「ウクライナ農業食料相は、決壊で『地域の潅漑(かんがい)用水が長年にわたり途絶える』との見通しを明らかにし、小麦に代表される穀物生産の大打撃を示唆しています。影響を受けて、市場の穀物価格も上昇しました」(大手紙国際部記者)
ついに、反転攻勢を開始したウクライナ軍。南部ザポリージャ州では防衛線の突破を試みるなど、ロシア軍にとっては劣勢状況が続いている。
拓殖大学海外事情研究所の名越健郎教授はこう話す。
「今回のダム破壊は、ロシア軍がヘルソン州のウクライナ軍の進攻を防ぐという目的から実行したと考えられるでしょう。水没で足止めができ、ザポリージャ州の防衛に戦力を集中させることができます」
やはり、あせりが見え隠れするロシアのプーチン大統領。
6月9日にはベラルーシのルカシェンコ大統領と会談し、いよいよ7月からのベラルーシ国内の戦術核配備に合意したと伝えられている。背景にはウクライナ軍の猛攻だけでなく、ロシア国内の不穏な空気も関係していそうだ。
「政権与党・統一ロシアの幹部議員から『今回の戦争の目的はよくわからない。いまだに戦果がない』との発言がありました。ついに、公然とプーチンにNOを突きつける有力議員が出てきたんです」
こう話すのは、筑波大学の中村逸郎名誉教授。
ロシア国内では、6月5日に公営放送のテレビ、ラジオが一時ハッキングされ、プーチン氏が「総動員令を出す」と演説する内容のフェイク映像が流れる、内乱騒動が起きたばかりだ。
「政権内はすでに混乱していて、先月のクレムリンへのドローン攻撃について、プーチンは『上空を通過していっただけだった』と記者に言ったんです。つまり、誰も本当の攻撃内容を彼に伝えていない。都合の悪いことは口にすらできない状況なんです。
クレムリン内部からは、プーチンの“対立候補”を探そうという動きが出ていると聞こえてきています。では、実際に誰がプーチンに弓を引けるかというと、民間軍事会社・ワグネル創設者のプリゴジンしかいないでしょう」(中村氏)
青年期を刑務所で過ごした後、プリゴジン氏は飲食店経営に乗りだすと、プーチン氏と親密に。ロシア軍の “右腕” としてワグネルを創設した。
そんなプリゴジン氏だが、激戦地のバフムトで戦闘していた自身のワグネル部隊の撤退ルートに、ロシア軍が地雷を設置したとして激怒。そのほかにも、プーチン政権の戦況の見通しの甘さを批判し、ここにきて「ロシア革命が起きる」といった過激な発言を繰り返している。
「ロシア国内の西部ベルゴロド州で戦闘が起きましたが、これは反体制派のロシア人組織『自由ロシア軍』『ロシア義勇軍団』による攻撃とみられています。
そしていま、『戦争に勝てない』と踏んだプリゴジンが、ワグネルとウクライナ側に立つ勢力を束ねて、ロシア西部からクレムリンに向けて進攻をおこなうという事態を、プーチン政権はもっとも恐れているんです」(中村氏)
新たなロシア革命に向けて、“反プーチン勢力”に残された時間は少ないと考えられる。前出の名越氏が話す。
「ロシアでは9月から“政治の季節”に入ります。9月には統一地方選挙があって、2024年3月には大統領選挙がおこなわれます。そこに向けて、国内では珍しく『次の大統領』の話題が出始めている。プーチン体制の潮目が変わるとしたら、選挙前に社会が動揺するこのタイミングだと思われます」
ウクライナもまた、情報当局幹部が“プーチン暗殺”に言及するなど、戦況に自信を深めているようだ。そこにプリゴジン氏の“寝返り”があれば、状況は断然、ウクライナ有利で進むだろう。
「プーチンにとって、側近だったプリゴジンに暗殺されかねない状況。まるで、織田信長と明智光秀の関係性といったところでしょうか」(中村氏)
2度めの“8月革命”が起こりうる。
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