「問題は、私的流用だけじゃありません。この大学は多くのがん患者を “放り出そう” としているんですよ」
こう憤るのは、名門・岡山大学の関係者だ。本誌は2023年2月14日号にて、岡山大学学長・槇野博史氏の「2000万円の私的流用」と「3億円不正経理」について報じた。
槇野氏は、岡山大学病院長時代、約2000万円もの大学のお金を自身の趣味である写真に注ぎ込んだ。監査法人が2022年6月3日に3億円の不正経理を指摘しているにもかかわらず、大学はこのことを公表していない。本誌が明らかにした、国立大学のトップにあるまじき無責任ぶり――。
実は、槇野学長は別の無責任トラブルも抱えているという。医療機器メーカーと結んでいた巨額契約の白紙撤回だ。
「そもそも岡山大学病院は、がん患者に対しておこなう放射線治療装置が老朽化しているという問題を、長年抱えていました。放射線治療装置とは、がん化した細胞にのみ放射線を照射し、がん細胞を破壊するというものです。外科治療や、薬物療法に並ぶ、がん治療の3本柱の1つです」(前出・大学関係者)
大学病院には2台の放射線治療装置があったが、1台は導入して14年、もう1台は導入して12年が経過していた。
「メーカーによる保証期間は、片方が2023年3月末に終了する予定で、もう片方も2024年3月末に終了します。精密な機械なので、メーカーの保証が切れてしまったら、それ以上使うことはできません。
しかも、そもそも機器が古いため、治療効果が高く副作用の少ない最先端の治療もできていませんでした。いち早く放射線治療装置を更新することが、病院にとっては喫緊の課題だったんです」(病院関係者)
そこで、2017年に病院長に就任した金澤右(すすむ)氏は、積極的に装置の更新を進めようとした。
「更新には、莫大なお金がかかります。放射線を照射する機械の本体を購入するだけで最低5億円はかかりますし、あわせて最新の検査用CTを購入したり、年間のメンテナンス費も必要です。
そもそも、治療室のある診療棟自体が、築47年とあまりに老朽化しており、機械を設置する部屋の工事も必要な状態なんです。しかし、毎年のように大学予算が削られるなかで、岡山大学病院の経営は苦しく、この問題が先送りされてきました。
そこで、金澤先生は、世界的な電機メーカーの医療部門と契約を交わし、新しい診療棟を丸ごと建設することにしたのです」(病院関係者)
それが、2021年1月下旬、岡山大学とシーメンスヘルスケア社(以下、シーメンス社)との間で結ばれた「BOT」と呼ばれる巨額契約だ。
「民間の資金や経営能力を活用して、公共施設などの建設や管理運営をしてもらう契約です。今回の契約では、岡山大学病院がシーメンス社に委託し、同社に放射線治療をおこなうための診療棟の建設や機材の維持管理をすべて任せ、30年後に施設所有権を病院側に移転するというものです。
病院側のメリットは、施設建設に必要な莫大な初期費用が不要で、シーメンス社の超最先端の医療機器を利用した医療を患者さんに受けてもらうことができる点です。一方、シーメンス社にとっても、安定的に自社の医療器具を使ってもらえるメリットがあります。
1年間で病院側がシーメンス社に支払うお金は約8億円。30年で約240億円です。放射線治療をおこなうことによって得られる収益は年間5億円ですが、最先端機器を使った総合的な治療ができると考えれば、8億円をうわまわる利益が出るはずでした」(同)
さらに、シーメンス社が建設する施設では、先進的な取り組みをおこなう予定だった。
「施設の一部を “オープンラボ” として民間企業に入居してもらい、最新の医学研究をおこなう予定でした。いわば産学連携です。こうした先進的な計画が評価され、岡山大学は2020年の『国立大学イノベーション創出環境強化事業』に選ばれ、5億円の資金を得ました」(別の病院関係者)
この総額240億円の巨額契約は、当時すでに学長だった槇野氏の認可を受けていた。ところが、2021年8月下旬、施設の建設を開始する直前になって、岡山大学側はこの契約の白紙撤回をシーメンス社に申し入れたのだ。
「契約をまとめた金澤先生は、任期を終えて、2021年3月に退任したばかり。金澤先生がいなくなったタイミングを狙ったかのように、学長の独断で撤回したのです。
大学の経営協議会はこれを問題視しました。白紙撤回を知った複数の外部委員が『契約違反ではないか』『国立大学がそのようなことをすべきではない』『もし損害賠償訴訟になったら大学側が敗訴するのではないか』と、撤回に疑問を呈しました。
しかし、槇野学長は、『経営協議会は協議の場であり、決定の場ではない』と言い放ち、協議を打ち切りました」(大学関係者)
シーメンス社も大学の突然の “裏切り” にあ然としたという。
「何度も協議を重ねた上での契約ですからね。病院長が代わったからといって、こんなことは許されません。損害賠償を請求するために、この契約に関わったグループ会社に事情を聞き取っているそうです」(医療業界関係者)
白紙撤回の表向きの理由は、同社への年間8億円の支払いが高すぎるというもの。だが、その説明を信じている関係者は少ない。
「槇野学長は、契約を主導した金澤先生のことがかなり目ざわりだったようです。金澤先生は、岡山大学病院を運営するにあたり、なるべく大学から独立した存在になれるよう、独自のシンボルマークを定めるなどの改革を進めていました。
しかし、この方針は前学長が打ち出したものなんです。前学長と対立していた槇野学長は、こうした動きを許せなかったのではないかと疑ってしまいます。
実際、金澤氏は学内で病院長への再選を望む声が大きく、医療法に定められた病院長選考委員会で満場一致で選考されたにもかかわらず、槇野学長は再選を拒否しましたからね」
結局、白紙撤回のまま自体は進展せず、老朽化した放射線装置を順次入れ替える予定だという。
「高度な機械なので、物理的に入れ替えたところで、実際に治療に使用するには1年程度の調整や研修が必要です。今年の4月に1台を入れ替え、来年の4月にもう1台を入れ替えるとなると、通算して2年間は1台のみ稼働することになります。
現在、治療を受けている患者さんはほかの病院に紹介する必要があるし、新たに放射線治療を受けたいという患者さんについては、断る必要もあります。学長の無茶な白紙撤回のせいで、患者さんを見放すことになるんですよ」(前出・大学関係者)
権力争いのために、患者の存在を無視した経営方針を選んだとすれば言語道断――。岡山大学に学長の白紙撤回について確認したところ、
「今後の中長期的な大学病院経営等の観点から慎重に検討した結果、中止を決定し、昨年4月8日に相手方へ正式に通知するとともに、同年4月28日に岡山大学病院ホームページにて公表したものです」
と、計画を中止したことは認めつつ、2021年8月に白紙撤回を申し入れたことについては回答しなかった。さらに、中止に至った経緯については、
「本事業の中止は、経営協議会の意見を踏まえ、役員会での審議を経て決定したものであり、学長の独断で決定した事実はありません」
という。また放射線治療装置の入れ替えについては、
「本院での放射線治療を一部制限することになることは事実」としたうえで、「患者さんの治療に悪影響が出ないように体制を整えており、順次該当患者さんに対する説明も行っています」
と回答した。
一方、岡山大学に振り回される形になったシーメンス社に問い合わせたが「現段階ではコメントできません」と回答を拒否した。
「4月に那須保友氏が新しく学長に就任するので、シーメンス社は那須氏なら契約を復活させられるのではないかと、希望をつないでいるのかもしれません。
それでも大学側が身勝手な言い分を続けるなら、同社は容赦しないでしょう。200億円を超える損害賠償なんて、今の大学に払えるわけがありませんが……」(大学関係者)
岡山大学病院の関係者もこう憤る。
「結局、大学内の権力争いのせいで、こんなことになってしまった。病院の医療体制が不十分になって、いちばん被害をうけるのは患者さんたち。本当に情けない限りです」
槇野学長は「医は仁術」という言葉を、知らないらしい。
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