「私が日本に来て、なによりも驚いたのは、痴漢が少ないことでした。もちろん日本でも痴漢はありますが、中国は比べ物にならない。スマホを見たり本を読んだりしながらバスや電車に乗ることなんて、中国にいたころは考えられませんでした。中国の性犯罪は日本より悪質なんです」
そう語るのは、日本に移住して4年めになる中国・安徽省出身のある女性だ。
北京五輪でもおおいに沸き、いまや世界第2位の経済大国となった中国。その陰でいま、痴漢犯罪が大きな社会問題になっているという。前出の女性が続ける。
「中国のバスや電車はいつも混んでいて、通勤ラッシュの時間帯は特に混雑がひどいんです。そんな車内で私が立っていると、近くにいる男性が、乗り物の揺れに合わせて、股間をこすりつけてくることが頻繁にありました」
このような痴漢は “頂族”(こすりつけ族)と呼ばれ、悪質なものになると犯行の様子をスマホで撮影し、ネット上で公開・販売をおこなう場合もあるという。
上海に在住歴があり、長年、中国関連のニュースを数多く紹介しているライター・中国語翻訳家の沢井メグ氏は、中国特有の痴漢の悪質性をこう分析する。
「中国の痴漢犯罪で問題視されているのが、『頂族群』などと呼ばれるSNSやネット掲示板における痴漢コミュニティの存在です。そこでは痴漢のハウツーや経験談、そして実際に撮影した動画がシェアされています。
投稿は、見せびらかしたいという個人的な欲求もありますが、一方でお金目的のものも。痴漢映像の販売、さらに新規に撮影した映像を買い取るという募集さえ存在し、『映像販売による稼ぎを目的に痴漢犯罪に手を染める人もいるのではないか』と指摘するメディアもあるほどです。
当局ももちろん問題視しており、摘発や掲示板の閉鎖に乗り出していますが、無関係の名称に変わったり、承認制や有料会員制になるなどいたちごっこで、残念ながら撲滅には至っていません」
本誌がそのようなネット上のコミュニティを確認すると、たしかに車内で女性に下半身をこすりつける “頂族” のみならず、街を歩く女性に男性器を見せつけて反応を撮影したり、女性の衣服に自分の精液をつけたりする動画がハッシュタグつきで大量に投稿されていた。
これほどまでに大胆な手口の痴漢が横行しているなら、逮捕者が続出しそうなものだが、中国法に詳しい麹町大通り総合法律事務所の本杉明義弁護士は、中国が “痴漢天国” となってしまっている法的な背景を指摘する。
「日本の電車内で痴漢行為をおこなった場合、各都道府県で定める『迷惑防止条例』違反に問われますが、中国にはそうした条例はありません。
中国にも、日本と同じような強制わいせつ罪はありますが、局部を露出すると、日本では公然わいせつ罪に問われるのに対し、中国では治安管理処罰法に問われるにとどまるのです。これは公然わいせつに比べて処罰が軽く、5日以上10日以内の拘留刑で終わります。痴漢や露出に対して、中国は刑罰が軽いのです」
痴漢が社会問題化している背景に中国の経済発展があるとみるのは、2009年から6年間中国に在住し、『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(小学館新書)などの著作があるライターの西谷格氏だ。
「中国は1970年代末ごろまで『食べるのもやっと』という時代が続いていましたが、改革開放の時代を経て、2010年代にようやく中間層も先進国並みの暮らしができるようになりました。
日本でも昭和の一時期までそうだったように、発展段階の中国社会でも痴漢は軽犯罪とみなされて厳格には処罰されなかった。それも市民の意識の高まりにともなって問題視されるようになってきたのでしょう。
しかし、中央民族大学が2009年におこなった痴漢被害についての研究では、痴漢に遭った際に取る行動として『警察に通報する』と答えた女性は2.1%にとどまっており、泣き寝入りする被害者が多いのが実態です」
さらに、中国事情に詳しいチャイニーズドラゴン新聞編集主幹の孔健氏は、「中国の性犯罪はさらに悪質さを増している」と警鐘を鳴らす。
「近年では、痴漢以上に悪質な犯罪が横行しています。特に増えているのが、女性を無理やり車に押し込んで暴行する強制性交です。防犯カメラ対策として車のナンバーを隠して、女性を車で誘拐するのが彼らの手口。誰かに見つかると『夫婦喧嘩だ』とか『恋人同士だから』といって逃げる。ここ2カ月ぐらいでこうした事件が、中国国内で連続して起きているんです」
経済発展の陰で、女性たちの心身を傷つけるおこないがなされていることは知られなくてはならない。
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