米大リーグ、サイ・ヤング賞(最優秀投手賞)の肩書にたがわぬ圧巻の投球で、今季日本球界に衝撃を与えたトレバー・バウアー投手(32)は、米国時代から科学的なトレーニングを取り入れていた理論派としても知られる。データやテクノロジーが野球にもたらした変革に迫る「教えて IT野球」。第5回は、データ活用に詳しい横浜DeNAの小杉陽太投手コーチ(37)に、間近で接して体感したバウアーの特異な能力について聞いた。
バウアーはメジャー時代に決め球の一つとして使っていたツーシームを、日本では同じように投げられなかったという。ボールの違いもあるが、理由はそれだけではない。身体の細部まで精密に把握するバウアーだからこそ、突き止めていた原因があった。人さし指と中指の力だ。
「片方が強かったり弱かったりすると、変化球は思い描く軌道にならないことがある」と小杉コーチはいう。理想は両方の指から同程度の力がボールにかかること。小杉コーチが驚いたのは、バウアーが私物の機材で指の力を鍛え、独自に数値を計測していたことだった。
違和感に対して手探りで解消しようとするのではなく、原因を明確にしようと努めるバウアー。「今は人さし指の方が弱いから、アメリカ時代のようにツーシームは投げられない」との答えを導き出したという。
「ゲームに臨むまではサイエンスだけど、マウンドに上がったらキャッチャーが構えた場所にいいボールを投げるだけなんだ」。小杉コーチが直接聞いたというバウアーの信念だ。
練習ではデータを駆使して科学者のように理詰めで技術を追求したかと思えば、マウンドでは感情をむき出しに打者に向かっていく。小杉コーチは「試合に入ればいちいち投球フォームのこととかは考えていないと思う。いわゆる『野球オタク』のような見られ方をするけど、すごく熱い性格」と感嘆する。
ただし、一心不乱に腕を振るだけかというと、また少し違う。調整登板として臨んだイースタン・リーグのロッテ戦でのことだった。ベンチに戻ってきたバウアーが不満そうな表情を浮かべていた。小杉コーチが理由を聞くと、「いいコースにチェンジアップを投げているのに振ってくれない。どう思う」と意見を求められた。
後日、投球のデータを分析すると、ピッチトンネル(どの球種も近い軌道で通過させることで打者の対応を難しくできるとされる地点)を通っていなかったと分かった。バッターの反応から異変を察知する感覚は、精密なセンサーのように鋭敏だ。
そもそも、試合中に投球の違和感を率直に伝えてくる投手自体が珍しいという。そして小杉コーチがさらに感動したのは、そのフラットなスタンスだった。「バウアーは自分が正解だと思っていないから、誰にでも話を聞く。サイ・ヤング賞を取っている投手が僕のようなコーチに意見を求めてくる。その姿勢が素晴らしいと思った」
調整登板や負傷の影響、ファームで過ごす時間も少なくなかったバウアー。小杉コーチはしばしば課題に直面した若手投手に対し、「バウアーに聞いてみたら」と促した。
変化球の握り方やデータの活用方法など、多岐にわたって惜しげもない助言を与えてくれた一方で、バウアーは決して考えを押しつけることはしなかった。「理屈としては正しいはずだけど、あくまで僕の感覚だよ」と、必ず相手の感性を尊重する言葉を添えたという。
動作解析に詳しい小杉コーチも、バウアーから新たな知識を学ぶことがあった。「ボールの回転効率を上げようとすると、どうしてもリリースやグリップ(握り方)ばかり気にしがちになるが、バウアーは下半身からの連動も重要だという意見だった。僕はリリースや腕が大事だと思っていたので、勉強になった」と感謝する。
今季、バウアーは1軍のゲームだけでも2016球を投げた。注目される来シーズンの去就は現時点で不透明だが、メジャートップクラスの右腕は間違いなくベイスターズに、有形無形の貴重な財産を残した。
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