「うーん……、どうなんでしょうね」
いつもは快活に、どんな質問に対しても軽妙に語ってくれる柏好文が、返事に窮していた。ルヴァンカップ仙台戦(5月19日)で0-3と敗戦したその2日後、敗因を尋ねた時だ。
例えば2017年のように残留を争った時でも、連敗が続いても、柏の口から選手個々やチームを批判するような言葉は聞いたことがない。叱咤激励はあっても、否定することはない。ルヴァンカップ敗退後も「試合に出た選手たちはよく闘ったと思う」と仲間たちを労った。
「勝つために、自分がもっとみんなをポジティブにできる働きかけができればいい」
ネガティブ思考を呑み込み、自身がやるべきことを考えた。
「ジュニオール!!そう、それでいいんだ」「いけっ、はめろっ、そのままでいい」
5月23日、城福浩監督が3バック導入を決断したC大阪戦で、柏の声がいつもよりも増してスタジアムに響き渡った。ポルトガル語ではなく日本語。しかし、柏が叫ぶ度にジュニオール・サントスが身体を動かしてポジションを移動させ、結果としてチームの守備が機能する。柏好文は常に声を出し続ける選手ではあるが、無観客試合だったからこそ、スタンドから見ていてもコーチングの効能が明確にわかる。
「もちろんサポーターの中で試合をしたい。ただ、与えられた環境をプラスに活かさない手はない。大切なのは、勝つために何をやっていくか、だから」
観客がいないリモートマッチならば、声は届きやすい。そして、たとえ使う言語が違っても、真摯な言葉は想いとなって、人を動かす。柏の叫びがブラジル人アタッカーを動かし続けたC大阪戦は、今季2度目の逆転勝ち。この試合でジュニオール・サントスが1得点1アシストを記録したのは、偶然だろうか。
キレキレのドリブルだけでなく、柏好文は声でチームを支えた。どんな時も「勝つために何が必要か」を考え続けた男の、プロフェッショナルな仕事である。
柏好文(かしわ・よしふみ)
1987年7月28日生まれ。山梨県出身。韮崎高から国士舘大に進学。関東大学リーグ新人王やベストイレブンなど実績を積み、2010年に甲府加入。2012年、甲府の監督に就任した城福浩監督によってウイングバックにコンバートされて才能が開花。2014年から広島でプレー。2015年のチャンピオンシップ第1戦、先制された後に投入された柏は気迫に満ちたプレーで流れを変え、ラストプレーの決勝点をはじめ全得点に関与。優勝に大きく貢献した。
【中野和也の「熱闘サンフレッチェ日誌」】