cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_v6rdzmmxh5sq_福原愛 夫からのモラハラ報じられるも同情が集まらない理由 v6rdzmmxh5sq v6rdzmmxh5sq 福原愛 夫からのモラハラ報じられるも同情が集まらない理由 oa-jisin 0

福原愛 夫からのモラハラ報じられるも同情が集まらない理由

2021年3月12日 11:00 女性自身

卓球女子・元日本代表の福原愛(32)が3月11日発売の『女性セブン』で、不倫疑惑について明かしている。

同誌によると福原は「不倫関係ではありませんが」と前置きしながらも、「『横浜に行ってみたい』と言い、中華街に連れて行ってもらいました」と男性を誘ったことなどを話したという。

16年9月に台湾の江宏傑選手(32)と結婚し、17年10月に第一子を出産している彼女。一部メディアでは、夫からモラハラを受けていたとも報じられている。

さらに江選手の姉は芸能界デビューを果たし、“福原の人気に便乗している”とも言われていた。そういった経緯もあるため、台湾では福原を擁護する声も多い。


ところが、日本では反応が異なっている。

「当初から、福原さんの言っていることは一貫しています。同じホテルや自宅に泊まったものの、別の部屋で寝たという主張です。

いっぽう、今回の『女性セブン』の取材で福原さんは『彼とは数年前に知り合ったきりだったが、今年帰国した際にふと彼を思い出して連絡した』とも話しています。

すると『そんな男性とホテルや自宅でお泊まりする?』『言ってることがめちゃくちゃ』などの声が続出。そうした疑問のほうが、注目を集めてしまいました。

だからモラハラ被害が報じられても、さほど同情が集まらなくなっているようです」(スポーツ紙記者)

また福原は、かねてより情熱的な愛情表現を見せていた。そのときから、すでにアンチも出ていたようだ。


「福原さんは18年に配信された中国のリアリティ番組で、江選手とキスシーンを何度も見せていました。

ただその熱々ぶりが話題を呼ぶいっぽうで、一部からは反感も買っていました。

そうした人たちの批判的な声も、ここへ来てマイナスに作用しているようです」(前出・スポーツ紙記者)

『女性セブン』によると福原は「みなさんにはもしかしたら、私のことが満月のように見えるかもしれませんが、本当は三日月よりも欠けています。欠けまくりなんです」と語ったという。

だがその欠けた部分を埋めようとした代償は、あまりにも大きそうだ。

外部リンク

cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_6ix9x0jbh43e_櫻井翔「どんな仕事でもやる!」嵐休止後に“変心”した理由 6ix9x0jbh43e 6ix9x0jbh43e 櫻井翔「どんな仕事でもやる!」嵐休止後に“変心”した理由 oa-jisin 0

櫻井翔「どんな仕事でもやる!」嵐休止後に“変心”した理由

2021年3月12日 06:00 女性自身

「久しぶりの主演作品ということでクランクイン当初は櫻井さんも緊張気味でした。でも、今ではふだんのイメージとは真逆なダサい役柄を演じることが楽しくて仕方ないそうです」(日本テレビ関係者)

嵐の活動休止から3カ月、“俳優”櫻井翔(39)が帰ってくる。4月放送開始の連続ドラマ『ネメシス』(日本テレビ系)で広瀬すず(22)とW主演を務める櫻井。

嵐休止後初の俳優業となり、3年半ぶりの連ドラ復帰作でもある本作は櫻井にとって新たな挑戦になるようだ。

「『ネメシス』で櫻井さんが演じるのはポンコツな探偵役。東京オリンピックがあるためかなりの前倒し進行で、すでに半分以上は撮り終えているといいます。また1話あたりの制作費が通常より高く、映画化を見据えた超大型企画です。櫻井さんも“新しい代表作にする!”とかなり気合を入れているそうです」(制作関係者)

新境地となる作品に出合えた喜びを櫻井はこう語っている。

《まるで映画の撮影をしているかの様な空気が流れる中、緊張感がありながらも楽しみながら撮影を進めています》(ドラマの公式HP)

これまでも『木更津キャッツアイ』(TBS系)、『謎解きはディナーのあとで』(フジテレビ系)といった数々のヒットドラマに出演してきた櫻井。しかし、その裏で世間のイメージとの“ギャップ”にも悩んでいたという。

「嵐での櫻井さんは、『news zero』(日本テレビ系)でのキャスターや音楽番組での司会といった仕事が中心で、真面目な役割を全うしてきました。ドラマでも教師や家庭教師といった堅い役を演じることが多かった。あるインタビューでは、知り合いから『櫻井くんってまだドラマとか出るの?』と言われたことも明かしています。

もちろんそうした仕事にやりがいを感じていますが、同時に世間からのイメージに悩むこともあったといいます」(櫻井の知人)

これまでも“憧れの仕事”と公言するなど、櫻井は俳優業への情熱を持ち続けてきた。過去に共演した“戦友”たちが大きな刺激になっているようだ。

「『木更津キャッツアイ』で共演して以来、妻夫木聡さん(40)や佐藤隆太さん(41)らとはプライベートでも交流があり、彼らの出演作品は欠かさずチェックしているそうです」(前出・制作関係者)

■「嵐であることが存在理由のすべてだから」

そんななか、嵐の活動休止という“転機”を迎えたことで、櫻井にも変化が訪れていた。

「昨年までは嵐の活動と並行して、『news zero』の下調べなどに時間をかけていたので、拘束時間の長い連ドラは基本的に避けるようにしていました。しかし、グループとしての活動が休止したことで、今までしてこなかったことに挑戦できる余裕が生まれることに。

昨年、櫻井さんは親しいテレビ関係者に『休止中は俳優業も含め、どんな仕事でもやらせてもらいます!』とアピールしていたそうです。嵐の休止を受けて、前向きに一度、自分の“役割”から離れて、自由に仕事をしてみたいと考えているのでしょう」(前出・知人)

ポジティブに“嵐の呪縛”から自らを解放した櫻井。それでも、やはり根底には常に嵐への思いがあるようだ。

「活動休止発表直後に『嵐の復活はある』と断言するなど、かねてから再結成への思いがあった櫻井さんですが、休止後には一層その気持ちが強くなったそうです。先日、公開されたドキュメンタリー番組『ARASHI's Diary Voyage』(Netflix)の中で、大みそかに『夢でもコンサートしてた』と嵐愛を語っていました。

また活動休止期間を“スキルアップするための時間”と櫻井さんは考えていて、松本潤さん(37)の大河ドラマでの主演が決まった際はとても喜んだそうです。櫻井さん自身も『ネメシス』だけでなく、新しいことに挑戦していく準備をしていると聞いています」(音楽関係者)

かつて櫻井は、嵐以外での活動についてこう語っている。

《「嵐」であることが、僕らの存在理由のすべてですから。「嵐」だから映画やドラマに出ることができる、報道の現場に立つことができる。「嵐」じゃなかったら、なんにもないですからね》(『週刊朝日』’17年11月3日号)

やがてくる“その時”を見据え、櫻井の飽くなき挑戦の日々は続いていく――。

「女性自身」2021年3月23日・30日合併号 掲載

外部リンク

cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_uddt5ex5cn3n_大富豪の息子、誕生日プレゼントの車で女性をひき殺し逮捕 uddt5ex5cn3n uddt5ex5cn3n 大富豪の息子、誕生日プレゼントの車で女性をひき殺し逮捕 oa-jisin 0

大富豪の息子、誕生日プレゼントの車で女性をひき殺し逮捕

2021年3月11日 20:08 女性自身

先月、米ロサンゼルスで秘書として働いていたモニーク・ムニョスさん(32)の乗るSUVに、k車が高速で突っ込み、ムニョスさんは命を落とした。この車を運転していたのが未成年だったため、名前は伏せられていたが、英Daily Mailによって流通会社「FJホールディングス」の社長ジェームズ・クーリの息子(17)であると明らかになった。

昨年の6月、クーリは息子に50万ドル(約5,440万円)は下らないという高級スポーツカーを誕生日プレゼントとして買い与えた。クーリとは既に離婚している母親のクリスティンと継父は、息子がその車を持つことに大反対したというが、本人は構わずドライブを強行。

報道によると、事故当日、2台の車が公道でレースをしていたとの目撃情報があった。息子の運転する車は、凄まじい速度でムニョスさんのSUVに衝突。ムニョスさんは潰れた車の中に閉じ込められた状態で息を引き取ったという。

ロサンゼルス警察の公式発表によると、過失運転致死の容疑で息子を逮捕したが、彼自身も重傷を負い入院中のため、身柄は拘束されていないという。父親は自身のインスタグラムで、「ムニョスさんの家族に、できる支援ならなんでもしたい」と謝罪を発表。起訴するか否かは地方検事に一任される。

外部リンク

cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_38w2d7f7tr54_「坂上忍への依存度が高すぎる」相次ぐ番組終了にフジの思惑 38w2d7f7tr54 38w2d7f7tr54 「坂上忍への依存度が高すぎる」相次ぐ番組終了にフジの思惑 oa-jisin 0

「坂上忍への依存度が高すぎる」相次ぐ番組終了にフジの思惑

2021年3月11日 13:00 女性自身

フジテレビは3月8日、都内の同局で4月改編説明会を開催。金曜午後10時枠の「ダウンタウンなう」の終了と、4月2日に同枠でダウンタウンの松本人志(57)の冠番組「人志松本の酒のツマミになる話」がスタートすることを発表した。

15年にスタートした「ダウンタウンなう」では、毎回ゲストを招いてのメイン企画「本音でハシゴ酒」が人気を集めていた。

しかし各スポーツ紙などによると、コロナ禍で店を訪れてのロケが難しくなったとのこと。6年間で500組以上のゲストが出演していたが、一定の役割を終えることとなった。いっぽうで番組内企画の「酒のツマミになる話」が好評だったことから、レギュラー化が決定したという。

「ゲストの“ガチンコトーク”に定評があった『ハシゴ酒』ですが、制作サイドは『同じゲストを出演させないこと』を守り続けていました。ただそうやっているうちに、だんだんキャスティングのハードルも上がってきていたようです」(フジテレビ関係者)

新番組には、これまで「なう」に出演していたダウンタウンの浜田雅功(57)と坂上忍(53)は出演せず。

坂上といえば平日昼の帯番組「バイキングMORE」のMCをつとめている。ほかにも冠番組『坂上どうぶつ王国』に出演するなど、フジテレビへの貢献度は大きいはずだが……。

「以前は冠番組『直撃!シンソウ坂上』にも出演していましたが、昨年9月に終了しています。そして続いて、今回の降板。実は、局内で『坂上さんへの依存度が高過ぎるのでは?』という声が上がっていたのです。

そんな中でコロナ禍となり、広告収益が激減。制作費を削減する必要が出てきました。番組終了に伴う坂上さんの降板は、フジテレビにとってはある意味で好都合だったようです」(芸能記者)

外部リンク

cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_uilx3fei6ojn_夢は看護師に…福島の高校生を変えた雅子さまの“特別授業” uilx3fei6ojn uilx3fei6ojn 夢は看護師に…福島の高校生を変えた雅子さまの“特別授業” oa-jisin 0

夢は看護師に…福島の高校生を変えた雅子さまの“特別授業”

2021年3月11日 11:00 女性自身

15年10月、福島県のふたば未来学園高校を訪問された両陛下 /(C)JMPA


東日本大震災から10年となる3月11日、天皇陛下と雅子さまは政府主催の追悼式に出席される。

コロナ禍で被災地へ足を運ぶことは難しい状況だが、両陛下は3月4日にも岩手県の陸前高田市と釜石市をオンライン訪問されるなど、被災地した人々の力になりたいという強い思いをお持ちだ。

これまで、雅子さまは被災地の未来を担う次世代の子供たちのことを気にかけてこられた。

'15年10月には、この年の4月に開校した福島県立ふたば未来学園高校をご視察。生徒たちが「2030年に直面する地域課題解決に向けた取り組み」をテーマに話し合う様子を見学された。雅子さまはこの年の誕生日に、次のような感想を綴られている。

《震災前よりも一層輝く福島県にしたい、将来ふるさとに戻って地域のために貢献したい、という前向きな気持ちにあふれた高校生の言葉に接し、嬉しく、また心強く思いました》

「雅子さまは本当に明るいご表情で生徒たちとお話しされました。生徒たちの話には真剣に耳を傾けられ、活動目的、学校生活などについて聞かれていました。陛下と雅子さまが参加された“特別授業”は生徒たちにも大きな経験となったのではないでしょうか」(皇室担当記者)

雅子さまはこのときのことを翌'16年の歌会始の儀で《ふるさとの復興願ひて語りあふ若人たちのまなざしは澄む》と詠まれている。


当時高校1年生で、現在はふたば未来学園高校の同窓会会長を務めている新妻留菜さん(21)に改めて話を聞いた。

「天皇陛下からは『震災のとき、どういう状況でしたか? おうちの人たちは大丈夫でしたか』とお声がけがありました。生徒会の書記の仕事にやりがいを感じていますとお話しすると、陛下は『頑張ってください』と、励ましてくださいました」

新妻さんは、雅子さまが生徒たちに向けて語られた言葉が印象に残っているという。

「あの日雅子さまがお話しになった『震災に遭ったこの地域の復興のために頑張ってください』という言葉が、いまの自分の生き方にも影響していると思います。地域復興のために頑張りたいという意志が強くなったように感じます。

雅子さまにお会いした翌年のお歌は嬉しかったです。自分たちの高校というだけでなく、被災地の福島のことを詠んでくださった。そして今も被災地の福島、宮城、岩手の3県のことを気にかけてくださっている……。天皇陛下と雅子さまが、10年という月日がたっても震災を忘れずにいてくださっていることは、本当にありがたいです」


その新妻さんは、元々は女優になりたいという夢を持っていたが、震災後に避難所などで看護師や医師の方たちに助けてもらったことで、将来は看護師になりたいと思ったという。そして、現在は、地元の看護学校で学んでいる。その励みとなっているのが“復興のために頑張ってください”という雅子さまの言葉なのだ。

「震災のときは、全国各地から来てくださった人たちに助けてもらいました。もし今後、どこか違う地域で大災害が起こったときには、今度は看護師として私が助けに行けるようになりたいと思っています」

天皇陛下は先月の誕生日会見で、次のように語られていた。

「私も雅子も、今後とも被災地の方々の言葉に耳を傾け、被災された方々の力に少しでもなれるよう、被災地に永く心を寄せていきたいと思っています。そしてまた、機会があれば、10年を超す歳月を経た被災地を訪れてみたいと願っております」

3月11日には政府主催の追悼式が開催され、両陛下が出席される予定となっている。両陛下はこれからも、被災地の人々にエールを送り続けられることだろう――。

「女性自身」2021年3月23日・30日合併号 掲載

外部リンク

cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_3wa2z0h8ov8s_羽生結弦 交流12年…八戸の研磨師にブレード託し続ける理由 3wa2z0h8ov8s 3wa2z0h8ov8s 羽生結弦 交流12年…八戸の研磨師にブレード託し続ける理由 oa-jisin 0

羽生結弦 交流12年…八戸の研磨師にブレード託し続ける理由

2021年3月11日 06:00 女性自身

(写真:アフロ)


「今は通しで曲をかけながら、動きの確認に重点を置いて練習を繰り返している時期でしょう。今年は震災から節目の年。被災経験のある羽生選手にとっては、今度の世界選手権は特に思い入れの強いものになるのではないでしょうか」

こう語るのは、スポーツライターの折山淑美さんだ。3月24日からストックホルムで開幕するフィギュアスケート世界選手権。羽生結弦(26)にとって今季初の国際試合となる予定だ。この大会について、冒頭の折山さんの意見に同調するのは、スポーツ紙記者。

「東日本大震災から10年。羽生選手は仙台出身かつ被災者の一人として、折に触れ寄付や言葉を通して被災地を気にかける姿勢を見せてきました。彼は“自分が活躍することで、多くの人に被災地のことを思ってもらいたい”という考えでやってきた。節目となる年に再び世界の舞台で活躍することで、被災地の人々に希望を感じてほしいと考えているはずです」

羽生は16歳で、ホームリンクだったアイスリンク仙台での練習中に被災。同リンクで支配人を務めていた新井照生さんが回想する。

「地震の瞬間、私は営業活動で外出していたのですが、そのときリンクにいた羽生選手はスケート靴を履いたままリンクから這いつくばるように外へ出たと聞いています。幸いなことにアイスリンク仙台ではケガ人はいませんでした。でも、あの震災では羽生選手と同年代の若い方もたくさん被害に遭っている。彼も相当なショックを受けたと思います」

羽生は自宅全壊で、4日間の避難所生活も経験。またアイスリンク仙台も同年7月まで営業休止に。

「余震で、氷を凍結するパイプが破損してしまって。おまけに電力不足もありましたし、あの震災の状況で『すぐにアイスリンクを復活させたい』とはとても言えませんでしたね」(新井さん)


■今も依頼する八戸の研磨師との絆

滑る場所を失った羽生は、震災の10日後から横浜のリンクで練習を再開することに。そして“被災で落ち込む人々を勇気づけたい”という思いから熱心に全国各地のアイスショーを回った。その数、なんと震災から半年で60カ所。

幼いころから羽生を知る元専属トレーナーの菊地晃さんは'11年の秋に「結弦の体に触ってビックリしました」と言い、続ける。

「久しぶりにうちを訪ねてきたので触れてみたら、脚の筋肉がそれ以前と全然違っていました。アイスショーと練習で相当に滑り込んだせいで鍛えられたのでしょう。どれだけ頑張ったのだろう、と思うと僕は涙が出そうになりました」

羽生がアイスショーで訪れた地の一つに青森県八戸市がある。会場となった新井田インドアリンクの坂本久直館長はこう話す。

「震災後は、ショー以外のときでも、仙台からこちらのリンクまで練習に来ていたことがありました。アイスショーでも何度か来てくれているのですが、毎回、試合と変わらず全力。出演時は必ず4回転を入れていました。当時は4回転を跳ぶ選手は少なくて彼もよく失敗していたんですが、跳べようが跳べまいがやってました。そういう姿に私も力をもらいましたね」

坂本館長によると、羽生は現在でも八戸と縁が続いているという。

「八戸には、羽生選手のスケート靴のブレードを研ぐ研磨師がいるんですよ。だからいまでも羽生選手のお父さんが仙台から3時間ほどかけて定期的にやってきます。最近では(昨年12月の)全日本選手権の前に来てましたね。そのときには試合用、練習用など4足分研いだみたいです」

この研磨師は吉田年伸氏という。実は、吉田氏は羽生の仙台時代のコーチだった阿部奈々美氏の夫だ。

「羽生選手と吉田さんの交流は'08年ごろから始まりました。吉田さんがアイスリンク仙台の近くでフィギュア用品店を始め、そこに羽生選手が通っていたそうです」

そう話すのはスケート関係者。

「羽生選手は、'12年からは仙台を離れカナダを本拠地としていますが、海外にいてもブレードの研磨は吉田さんにお願いし続けていたんです。吉田さんは研磨機1台を羽生選手専用にし、ミリ単位の要望に応えるそうです。羽生選手が滑り、吉田さんが研ぎ、また滑って……ということをその場で繰り返して、2人で調整することもあったとか。そのときは9時間それをやり続けたみたいですよ」
 


■ブレードは“希望の象徴”

フィギュアスケート評論家の佐野稔さんは、フィギュア選手にとってのブレードの重要性について、

「武士にとっての刀のようなものです。研ぐ前と研いだ後で滑る感覚が劇的に変わることもあるので、メンテナンスは大事。誰に研いでもらうか、こだわりのある選手にとっては重要だと思います」

羽生が吉田さんに研磨をお願いし続けるのは、ただ“腕がいいから”というわけではないように思える、と前出のスケート関係者。

「羽生選手は“エッジ(ブレードの刃の部分)は命よりも大切かも”と言っていました。彼は試合前にブレードのカバーに“大事なブレードを守ってくれてありがとう”と祈りをささげるルーティンをするんですが、このとき脳裏には吉田さんや、奥さまである奈々美コーチ、そして被災地のことが頭に浮かんでいると思うんです」

羽生とブレードについて、次のようなエピソードもあると続ける。

「10年前の震災から数日間、羽生選手は“こんな状況でスケートのことを考えてはいけない”と思っていたようです。被災時にスケート靴のまま外に出たことでブレードもボロボロになってしまって……。でもお母さんが『スケート靴を修理しよう』と言ってくれたことで、再びスケートに向き合うことができたそうです。ブレードは“何度でも前を向く”という希望の象徴でもあるのかもしれません」

被災地への思いを“魂のブレード”に込めて、来る世界選手権に挑む羽生。狙うは“王座奪還”だ。

「大会には彼が現在2連敗中のネイサン・チェン選手(21)も参戦します。熱の入ったパフォーマンスで雪辱を果たしてくれることでしょう」(前出・スケート関係者)

“東北の力”の結集で、羽生の技にも磨きがかかることだろう。

「女性自身」2021年3月23日・30日合併号 掲載

外部リンク

cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_vcv95juv4k7z_『夜ふかし』桐谷さんがTikTokデビューしていた!若者も支持 vcv95juv4k7z vcv95juv4k7z 『夜ふかし』桐谷さんがTikTokデビューしていた!若者も支持 oa-jisin 0

『夜ふかし』桐谷さんがTikTokデビューしていた!若者も支持

2021年3月10日 15:50 女性自身

「どうもTikTokの皆さん、桐谷広人です」

渡辺美里の名曲『My Revolution』にのせてTikTokでこう淡々と挨拶したのは、桐谷広人さん(71)。バラエティ番組『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)に何度も出演し、絶大な人気を誇る“名物キャラ”だ。そんな桐谷さんが、実はTikTokに“参戦”していたのだ。

昨年12月28日に桐谷さんは、自身が長年応援している女性歌手・山口かおるさんの歌に合わせて居酒屋の店内で踊る動画を初投稿。しばらく更新はなかったが、3月1日に冒頭の動画を投稿し、自身が得意とする株主優待についての質問を募集。3月9日にも再び動画を投稿し、多数の質問に対してどのように返答していくかこれから考えていくことを明かしていた。

13年に『夜ふかし』で、“株主優待だけで生活する人”として紹介された桐谷さん。自転車を爆走させて、株主優待券を使うために各地を回る桐谷さんの姿が話題となり、たちまちブレイク。番組を代表する人気キャラとなり、株主優待についての著書も執筆するなどその活躍は多岐にわたる。

その飾らない人柄は若い世代からも人気を集め、“かわいい”と支持する人も。そんな桐谷さんだけに、若者を中心に人気を集めるTikTokへの参戦も大成功。動画の投稿数は3本ながら、フォロワー数はすでに97,000人。冒頭の動画にも約18万件ものいいね! が集まるなど、人気を証明している。

TikTokと桐谷さんという“予想外”の組み合わせにSNS上では、驚きの声が相次いだ。

《桐谷さんがTikTok?!!》
《あの桐谷さんがTikTokデビューしてて笑った》
《桐谷さんがTikTokやる時代かぁ……すごいなぁ》

外部リンク

cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_0pdp3y4zu75n_北川景子「心折れそう」連ドラ復帰で漏らしたママ女優の苦悩 0pdp3y4zu75n 0pdp3y4zu75n 北川景子「心折れそう」連ドラ復帰で漏らしたママ女優の苦悩 oa-jisin 0

北川景子「心折れそう」連ドラ復帰で漏らしたママ女優の苦悩

2021年3月10日 11:00 女性自身

横浜の結婚式場に、ウエディングドレスに身を包んだ北川景子(34)の姿が。隣には“新郎”の永山瑛太(38)が寄り添っていた。

本誌が彼女らを目撃したのは2月下旬。4月から放送予定の連続ドラマ『リコカツ』(TBS系)の撮影現場である。

「今回のドラマは北川さんと、瑛太さん演じる交際0日で結婚した夫婦が、結婚してすぐに“離婚活動”を始めるという物語です。劇中ではけんかする2人ですが、撮影の待機中は控室にも戻らず、仲よく話しています」(ドラマ関係者)

'20年9月に第1子を出産し、同作で連ドラ復帰を果たす北川。テレビ誌記者によると、

「“ママ女優”生活についてバラエティ番組でよく語っています。以前は家に帰宅したら、“休める”と思っていたのに、いまでは“本業が始まる”と思うそうです」


“本業”である帰宅後の子育てはかなりの負担のようだ。

「『お風呂にゆっくりつかる時間すらない』と言っていた時期も。そこにハードな連ドラ撮影ですからね。『久々の連ドラで、家庭との両立に心が折れそう』とまで漏らしています」(芸能関係者)

そんな彼女の癒しは、“女友達”との交流だという。

「芳根京子さん(24)や、平手友梨奈さん(19)から連絡が来ると“後輩も頑張っているんだから、自分も”と思うそうです。

同世代の親友はイモトアヤコさん(35)。2人はドラマでの共演がきっかけで、仲よくなりました。忙しいなかでも誕生日を祝いあったり、ディズニーランドに行ったりするほどですよ。

産後にもイモトさんが北川さんの家へ赤ちゃんの顔を見に訪れたと聞いています。イモトさんがあやしてくれたりして、北川さんも気分転換できたようです」(前出・芸能関係者)


最近、北川はインタビューでこんなことを語っていた。

《子どもにとって母は私だけなのに、全部背負い込んで倒れちゃったら本末転倒。人を頼ってもいいと肩の力を抜けるようになったのも、子どもを授かったおかげなのです》(『steady.』'21年3月号)

イモトをはじめ周囲の助けで、“地獄のママ女優”生活も乗り越えていきそうだ♪

「女性自身」2021年3月23日・30日合併号 掲載

外部リンク

cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_3va8cp7lzudk_神田正輝とラブラブ新婚旅行!写真で振り返る松田聖子ヒストリー 3va8cp7lzudk 3va8cp7lzudk 神田正輝とラブラブ新婚旅行!写真で振り返る松田聖子ヒストリー oa-jisin 0

神田正輝とラブラブ新婚旅行!写真で振り返る松田聖子ヒストリー

2021年3月10日 06:00 女性自身

3月10日、記念すべき59歳の誕生日を迎えた松田聖子。昨年はデビュー40周年を迎え、かつてない大規模ツアーを予定するもコロナ禍で軒並み中止に。それでも12月に行われたディナーショーのチケットは即完売。年末の『第71回NHK紅白歌合戦』にも8年連続で出場するなど、その人気はいまだ健在。

まもなく4月に41周年を迎える聖子だが、これまで数々の伝説を残してきた。デビュー当時から聖子を追いかけ続けた本誌だけが見てきた、“聖子伝説”を今こそ、写真とともに振り返りたい――。

【スライドショー】


80年4月に「裸足の季節」でデビューすると、ヒット曲を連発し、一躍トップアイドルの仲間入りを果たした聖子。そんな聖子の初ロマンスの相手はデビュー前からあこがれていた郷ひろみ(65)。しかし、交際を続けるも85年1月に突如、涙の破局会見を敢行する事態に。

フリーになった聖子だったが、なんとその翌月に神田正輝(70)との交際が発覚! 4月には婚約発表、6月にはサレジオ教会で結婚式を行うというとんとん拍子でゴールインする。そして86年10月には娘・神田沙也加(34)を出産し、幸せの絶頂に。

本誌も結婚式、沙也加の出産会見と数々の現場を目撃。結婚式には多くのマスコミが詰めかけ、聖子が教会に到着するとひとめシャッターにおさめようと押し合いになり、怒号が飛び交う瞬間もあった。出産会見にも東京逓信病院にマスコミが殺到し、病院前で会見を開くという異例の事態となった。

【スライドショー】


その後は、89年に事務所から独立、90年に全米デビューと順調にキャリアを重ねるも、終わりは突然やってくる。97年1月に神田との離婚が発表されたのだ。

しかし、ただで転ばないのが聖子。98年5月には6歳年下の歯科医と結婚。「会った瞬間日ビビビッときた」というコメントはたちまち話題になる、流行語になるまでに。まさに一挙手一投足が常に日本中を動かす聖子なのであった。

外部リンク

cat_1_issue_oa-jisin oa-jisin_0_snz3xz42ltm9_5歳餓死 搾取ママ友の優雅な生活…娘にバレエ、パチンコ三昧 snz3xz42ltm9 snz3xz42ltm9 5歳餓死 搾取ママ友の優雅な生活…娘にバレエ、パチンコ三昧 oa-jisin 0

5歳餓死 搾取ママ友の優雅な生活…娘にバレエ、パチンコ三昧

2021年3月10日 06:00 女性自身

今は後悔しているという碇容疑者(写真:共同通信)


瀟洒な一戸建ての2階には大きなベランダがあり、駐車場の奥には芝生の庭が広がっている。

「以前は、子供たちの楽しそうな声も聞こえてきたんですけどね……」(近所の住人)

いまは楽しそうな声どころか、人の気配も消えている。この家にはかつて、碇利恵容疑者(39)や5歳で命を絶たれた翔士郎くんが暮らしていた。

福岡県篠栗町、人口3万ほどのこの町がにわかに注目を集めたのは、3月2日、碇容疑者と赤堀恵美子容疑者(48)が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕されてからだ。2人は子供が同じ幼稚園に通う保護者同士として知り合った。両容疑者を知るAさんはこう語る。

「利恵さんは、3人のお子さんたちのいいお母さんでした。お友達が家に遊びに来ると、みんなを優しく見守っていて……。利恵さんのご主人も子煩悩で、夏になると庭にプールを出してあげたり、本当に絵に描いたような幸せな一家だったんです」

そんな家族の運命が狂い始めたのが5年前の'16年4月。

「利恵さんと赤堀さんの2番目のお子さんたちが幼稚園に入園したんです。でも赤堀さんは以前に幼稚園とトラブルになったこともあって、彼女と友達になろうとするママはいませんでした。そんな様子をかわいそうに思ったのか、利恵さんが自分のママ友グループに誘ってあげたんです」

当時、碇容疑者はAさんにこう語っていたという。

「赤堀さんに声をかけてみたんだけど、話してみたらけっこう面白い人だったよ」

だが2人が急速に距離を縮めていくうちに、どんどんグループから仲間が減っていった。その理由についてAさんが続ける。

「赤堀さんは悪口を言うことも、ウソをつくことも平気な人でした。5年ほど前の保護者の親睦会でのことです。赤堀さんは“ゆうな”と名乗り、『こう見えても30歳です』と言っていました。でも今回の報道で、本名は恵美子で年齢も48歳だったと知って、あきれてしまいました。サバ読みどころか名前も全然違うじゃないですか。

赤堀さんと付き合うようになってから、利恵さんの言うこともおかしくなっていきました。

『赤堀さんから聞いたんだけど、あの人、本当は腹黒いらしいよ』とか、『赤堀さんが言ってたけど、あの人、すぐキレるから気をつけたほうがいいよ』とか……。彼女から何か吹き込まれたのか、1年後には私のことも無視するようになったんです」

赤堀容疑者は、次第に碇容疑者をコントロールできるようになっていったというが、それはママ友同士の人間関係を使った狡猾な手口によってだった。

「『あなたの子供が、ほかの子に砂を投げて、トラブルになっているけど、私が示談にしてあげる』などと、'18年春ごろから金銭を要求するようになったのです。

その後、赤堀容疑者は孤立させた碇容疑者に対し、共通のママ友の1人を“暴力団と関係のある人物”に仕立て上げます。『ボスが監視カメラで見張っている』『ボスが食べすぎだと言っている』などと言って、食事を制限するようになったわけですが、狭い人間関係をうまく利用していたようです」(全国紙・社会部記者)

'19年5月、赤堀容疑者は碇容疑者を離婚させることに成功しているが、それにもママ友の存在を利用していた。 

別の知人Bさんによれば、「『ご主人が○○さん(※ママ友)と浮気している』と、信じ込ませたんです。もちろん浮気相手に仕立て上げられた女性は怒って、警察にも相談したそうです」


■知人を愕然とさせた碇容疑者の変わり果てた姿

一戸建てを出て、夫と離婚した碇容疑者と3人の子供たちに待っていたのは非道な搾取だった。前出のAさんはそのころに碇容疑者を見かけたことがあったという。

「以前はきれいに髪を染めていたのに、美容院にも行っていないようでした。それにガリガリに痩せていて別人のようになっていたんです。また無視されるのではないかと怖くて、声をかけることもできませんでしたが……」

Aさんは、その変わり果てた姿を思い出したのか声を詰まらせた。

また、前出の社会部記者は、

「“夫に慰謝料を請求する裁判に勝つためには、質素な暮らしをしなくてはいけない”と、貯金どころか生活保護費や児童扶養手当もむしり取られていたのです。食べ物を買うお金すら残してもらえず、一家は赤堀容疑者からときおり差し入れられる、少量の米やパン、菓子類などを分け合って生きていました。逆らうとそれすらも許されません。翔士郎くんは10日間水しか飲めないこともあったそうです」

'20年4月に翔士郎くんが亡くなったとき、体重は10kgほど。平均的な5歳児の半分にすぎなかった。だが信じがたいことに翔士郎くんの餓死後も、赤堀容疑者はまったく反省しなかったのだ。

翔士郎くんのための葬儀代、車を売った代金、碇容疑者が消費者金融から借りた数百万円……、赤堀容疑者が搾り取った額は、'18年春から'20年6月までの約27カ月で、なんと1,200万円にもなるという。

碇容疑者一家が痩せ衰えていくなか、“寄生”していた赤堀容疑者は優雅な生活を送っていた。

「赤堀夫妻はパチンコ店でよく見かけていたよ。夫婦で入れ代わり立ち代わり来ていたみたいだね」(赤堀家の知人)

「赤堀さんには2人の娘さんがいるのですが、バレエやピアノを習わせていると、言っていました」(前出のAさん)

碇容疑者が自分がだまされていることを知ったのは、翔士郎くん逝去の2カ月後のこと。保護責任者遺棄致死容疑に先んじて、詐欺や窃盗の疑いでも逮捕されている赤堀容疑者はいまだ容疑を否認しているという。

“あのときあの女に声をかけていなければ……”。わが子を失った碇容疑者はこの先どれほど、後悔の自問を繰り返していくことになるのだろうか。

「女性自身」2021年3月23日・30日合併号 掲載

外部リンク