「偶然だとは思いますが、移動する列車の中に閉じ込められて、次第に主人公たちが追い込まれていくという物語は、コロナが蔓延している今の世の中と似ています。時代が呼び寄せた作品といえるかもしれません」
こう分析するのはアニメ評論家の氷川竜介氏。公開初日の全国での上映回数が異例の約7千700回を記録するなど、社会現象を巻き起こしている『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』。
鬼に両親を殺された主人公・竈門炭治郎が鬼化した妹を救うために闘うという本作。ダークな筋書きにもかかわらず、ヒットした背景を氷川氏はこう語る。
「鬼滅はとにかく声優の一体感がすごいです。観客が感情移入しやすいのはそれだけ役に入れ込んでいるからです。演技のうまさは人を共鳴させる力があります」
その立役者の一人が炭治郎役を演じている声優の花江夏樹(29)。あるアニメ誌のライターは花江の魅力についてこう力説する。
「花江さんの声はあどけなさと力強さが同居する根っからの“主人公声”です。炭治郎はまさに花江さんのハマり役。また演技力が高く、脇役まで演じ分けることもできるオールラウンダーです。また趣味のゲーム配信が中心のYouTubeチャンネルの登録者数は174万人で、声優界では1位です」
中性的な見た目で優しげな雰囲気だが、意外にも幼少期はガキ大将キャラでケンカに明け暮れていたという花江。そんな花江の人生を変えたのが、アニメとの出会いであった。
■養成所通わず声優になった異例の経歴
「神奈川県でも有数の進学校に入学した花江さんですが、次第に勉強についていけなくなり、大学進学をあきらめて高校卒業後に就職しようと考えていたそうです。もともと歌が得意だったこともあり、歌手を目指そうと思っていた矢先にたまたま見た人気アニメに衝撃を受けて声優を志すように。
その後、憧れていた山寺宏一さん(59)の所属事務所に自らボイスサンプルを送ったことが社長の目に留まり、高校在学中の'09年11月に預かり所属となりました。まず養成所に入ることが常識の声優界では極めて異例のことです」(前出・アニメ誌ライター)
夢への切符をつかんだ花江は、'11年に声優デビュー。最初はバイトに明け暮れる下積み生活を送るも、すぐに頭角を現していく。
「デビューからわずか1年後の'12年に、オーディションで初の主役に選ばれました。'14年には『四月は君の嘘』や『東京喰種トーキョーグール』といった話題作で次々と主役を務め、その年度の声優アワードで新人賞を受賞しました」(前出・アニメ誌ライター)
'16年4月には憧れの山寺がMCを務めた『おはスタ』の新MCに就任し、一躍、その名を全国区にした。そんな花江の素顔について、かつて仕事をともにしたアニメの制作関係者はこう絶賛する。
「花江さんは現場入りするとまずタイムテーブルを確認し、必ず時間内にきっちり終わらせます。現場のスタッフにもひととおり声をかけて、常に気遣ってくれるんです」
瞬く間にスターダムを駆け上がり、今年9月には'16年に結婚した妻との間に双子が誕生と、公私ともに絶好調な花江。しかし、その裏で過去に大きな悲しみを抱えていたのだ――。
■ラジオで涙ながらに語った“両親喪失の過去”
それは'16年8月、ラジオのレギュラー番組で花江が結婚報告した時のこと。きっかけの一つについて「今まではぐらかしていたんですけど」と前置きしたうえで、こう語った。
《実は僕、両親を2人とも亡くしていまして。一緒に住んでいたおばあちゃんもこの前亡くなってしまって。すごく家族がいない状態だったんで、やっぱり家族がほしいなって思うようになって……》
涙ながらに“家族喪失”の過去を告白した花江。苦悩しながら活動していたようだ。
「花江さんが小さいころにお父さんは亡くなり、以来、お母さんが女手一つで育ててきたそうです。お母さんが亡くなったのは事務所に所属したあとのようですが、具体的な時期や死因を公表していません。“声だけで勝負したい”という花江さんの考えのようです」(前出・アニメ制作関係者)
シングルマザーとして花江を育てただけでなく、声優になる後押しをしたのも母親だった。花江はインタビューでこう語っている。
《(声優になるためには)養成所や専門学校に行かないといけないとのことだったんですけど、経済的にそんな余裕もなかったから、お金をかけないで声優になれる方法を探し始めました。そしたら母親が「事務所に直接メールを送ってみようか」と》('16年1月5日『ライブドアニュース特集』)
両親の死を胸に秘めながら、声優としてがむしゃらに奮闘して末についに炭治郎と出会った花江。そこに花江と炭治郎の“共通点”があると語るのは別のアニメ関係者。
「8年前にSNSで異母きょうだいがいることを明かした花江さんですが、昨年のインタビューでは『自分は一人っ子です』と語っています。兄弟と仲はいいそうですが、複雑な思いもあるのでしょう。
花江さんは鬼滅のオーディションを受けた当初、炭治郎ではなく別のキャラクターのほうが自分の声に合っていると思っていたそうです。それでも炭治郎役に選ばれたのは、両親を亡くした炭治郎の“哀しみ”を花江さんなら演じ切れると制作サイドも判断したからなのではないでしょうか」
悲しみを乗り越えて、日本を代表する声優となった花江。すでに次なるステージに向けて動き始めている。
「今回の記録的ヒットを受けて、すでに、鬼滅の新作アニメの放映も決まっているそうです。花江さんには声優業だけでなくナレーターの仕事なども殺到しているそうで、ますます忙しくなっていくでしょう」(広告代理店関係者)
天国で見守る両親に花江の“声”はこれからも届き続ける――。
「女性自身」2020年11月10日号 掲載