〈――愛する人が自ら命を絶っている姿を目の当たりにする。そんなことが想像できるだろうか? まさにそういう場面に直面した女性が夫の死の真相を求め、たった一人で巨大組織と闘いを始めた。夫が見守ってくれると信じて―。その名は赤木雅子さん(49)。財務省による公文書の不正な書き換え=改ざん事件を巡り、国などを相手に裁判を起こしたその人だ〉
私の夫、トッちゃんは1年以上、心を病んで苦しんでいました。本名は赤木俊夫です。財務省の出先機関、近畿財務局に勤める国家公務員でした。明るく笑顔を絶やさない人だったのに、ある日を境に人柄ががらりと変わって暗く物思いに沈むようになりました。3年前のことです。「内閣が吹っ飛ぶようなことをやらされたんや」と口にしていました。でもまさか、それが公文書を後から書き換えることだったなんて……。これは改ざんという不正行為です。それがトッちゃんを苦しめていたんです。
あの日、私が出勤するとき、いつもは部屋でぐったりしているトッちゃんが玄関まで見送りに来て言いました。「ありがとう」……「いってらっしゃい」ではなく「ありがとう」。あれは死ぬ決意の表れだったんだと今、思います。
職場からトッちゃんに携帯でメッセージを送りました。「疲れるほど悩んでる? 悩んだらだめよ」でも返事が来ません。不安になって急いで自宅に戻ったら……。トッちゃんは首にオーディオセットのコードを巻き付け、リビングの窓の手すりに結び付けていました。
部屋に入るなりその姿を見つけた私は駆け寄って体を抱き上げました。するとコードが少しゆるんで、のどに空気が入り「ゴボゴボッ」と音がしたんです。一瞬「まだ生きてる!」と思いました。でもコードがきつく巻き付いていてなかなかはずれない。はさみを取ってくると意外にあっさりパチンと切れました。宙に浮いていた体がドサッと床に落ちました。
トッちゃんの体はまだ温かかった。私は何とか助けたいと心臓マッサージをしながら話しかけました。
「大丈夫よ、よう頑張ったなあ、つらかったなあ」……そして「やっと楽になれたなあ」と。冷たくなっていく体を抱きしめながら、不思議なほど冷静に考えていました。私の大切なトッちゃんはなぜこんなに苦しんだ末に亡くなったの?
〈――雅子さんは今も、夫、トッちゃんが命を絶った部屋で暮らしている〉
夜なかなか眠れないときは、ソファに座って夫のことを思い出すんです。すてきな思い出がいっぱいあります。毎朝ご飯を炊いて朝食を作り、お弁当を用意しました。22年間毎日手作り弁当。職場の周りの食堂には、あの人ほとんど行ったことないと思います。朝ごはんも、豆腐や揚げのお味噌汁に目玉焼きとか、本当にシンプルなもの。そんなものをすごく喜んで「まあちん(雅子さん)の作るものは何でもおいしい」って、恥ずかしげもなく言ってくれる人でした。私にとって誰よりも大切な人でした。
〈――そんな大切な夫がなぜ死に追い込まれたの? なぜ改ざんをさせられたの? 私は真実が知りたい。そんな思いが雅子さんの中で高まっていたとき、偶然の巡り合わせから筆者と出会い、信頼できる弁護士とも巡り合って、人生が大きく転換する。勇気を出して巨大組織との闘いを決意したのだ〉
今年3月、私は国と佐川さん(佐川宣寿元財務省理財局長)を相手に裁判を起こしました。佐川さんをはじめ財務省や近畿財務局の人たちに法廷で真実を証言してもらいたいからです。
同時に、トッちゃんが遺した手記を相澤さん(筆者)に託して公表し、世の皆さんに訴えかけました。財務省の人たちにとってはきっと不意打ちを受けたような驚きだったことでしょう。まさか女性一人で国に闘いを挑んでくるとは思ってもいなかったはずです。
7月に始まった裁判で、私は法廷で意見を述べました。
「私は真実が知りたいです。最期の夫の顔は絶望に満ちあふれ、泣いているように見えました」
思わず涙で声が詰まりましたが、最後に裁判官の方々に訴えました。
「ぜひとも夫が自ら命を絶った原因と経緯が明らかになるように訴訟を進めてください」
改ざんで苦しんでいた夫を、あのとき、助けられなかったことを、私は今も悔やんでいます。せめて、できることがあるなら、どんなことでもしてあげたい。
安倍さんを倒したいとか、そんな気持ちはまったくないんです。夫が亡くなった真実を知りたい、それだけなんです。
「女性自身」2020年9月29日・10月6日合併号 掲載