(写真:時事通信)
まだできることはあるーー。科学者たちの訴えは口調が冷静ながらも“怒り”のように感じられた。
「『対策は尽きた』という声に対する違和感が、今回の声明のなによりのきっかけです」
8月27日に開いた記者会見で、東北大学大学院理学研究科の本堂毅准教授はそう語った。本堂准教授らは政府や自治体にある“緊急声明”を送ったのだ。
全国の科学者38人が名を連ねたその声明は、新型コロナウイルスへの対策について、専門家の最新の知見をもっと活用することを訴え、具体的な案も提言している。
「そもそも現状の政府の対策が的外れ。科学的とは言い難いのです」
本誌の取材にそう話してくれたのは、38人のうちの一人で、感染制御学を専門とする愛知県立大学の清水宣明教授だ。声明の大前提としてあるのが“空気感染”が主たる感染経路と考えられるようになっていることだが、「日本ではそれが明確にアナウンスされていないことが問題なのです」と清水教授は言う。
「日本では、たとえば消毒やパーテーションといった“飛沫感染”対策ばかりが言われていますが、メインの感染経路である空気感染について周知されていません。WHO(世界保健機関)もCDC(アメリカ疾病対策センター)も見直しているのに、日本だけが旧態依然としているのです。
科学に“間違い”と“修正”は付きもの。間違いは認めて情報をアップデートすればいいんです。日本も空気感染と正面から向き合わなければいけません。特にデルタ株においては、空気感染の対策は肝。デルタ株は、従来株よりも空気中に漂うウイルス量が何十倍も多い可能性が高いですから」
さらに「空気感染はやみくもに怖がらなくてよい。適切に対処すれば防げる」と清水教授は続ける。それでは具体的に、空気感染に対して、日本は、私たちは、どう向き合えばいいのだろうか。
■ウレタンマスクはほぼ効果なし 二重マスクを推奨
科学者たちの声明が訴えている一つが、“マスク”の重要性だ。感染拡大時のドイツでは、公共の場などで一定以上の性能を持つマスクの着用が罰則付きで義務化されていた。日本もそうした制度的措置が必要ではないかと、声明は提言する。
さらに、触れられているのがマスクの“素材”について。今回の声明の賛同者の一人で、マスクの素材別の粒子除去性能を実験した、国立病院機構仙台医療センターウイルスセンター長の西村秀一氏は、“ウレタンマスク”の効果の低さを指摘する。
「理化学研究所が行ったスーパーコンピュータによるシミュレーションではウレタンマスクでも30〜40%の除去効果があると出ていたのですが、実際にやってみると除去率は5マイクロメートル以下の粒子だと1%以下。ほぼ効果がありません。
布やポリエステルは多少ましですが、それでもあまり効果的とは言えません。逆に不織布マスクは最も小さい粒子でも90%以上の除去率を示しています。医療従事者もつけるN95マスクに比べるとわずかに劣りますが、一般的な生活圏で使うなら十分な機能を発揮します」
素材とともに大切なのが装着の仕方だ。前出の清水教授によると、
「不織布でも装着の仕方が悪く隙間があると、そこから空気が出入りしてしまいます。ピタッとフィットさせることが大事です。マスクの表面を触るのを気にする人がいるようですが、そもそも表面についているかもしれないウイルス量は極微量でそこから感染が起こることはないので、それを気にする必要はあまりありません。それよりもマスクに触れてでも、ワイヤーを顔の曲面にフィットさせることに注意を向けるべきです。
ただ、やはり1枚だと脇が開きがちです。CDCも推奨しているように、マスクは2枚重ねにするのがよいです。どうしても息苦しければ内側が不織布、外側はウレタンでも構いませんが、不織布の2枚重ねなら医療用マスクに匹敵するほどの効果が得られます。人が多いときには2枚重ねにするなど、場面によって工夫するといいと思います」
■扇風機を使って強制的に空気を押し出す換気を
マスクのほかに声明で提言されたのが“機械的換気”の活用。空気清浄機のほか、夏季や冬季の冷暖房効果を失いにくい熱交換換気装置など、科学技術を駆使したさまざまな換気法を積極的に取り入れるべき、ということだ。
清水教授は、私たちにとっても身近な“機械”を使った換気を教えてくれた。扇風機を使う方法だ。
「特に夏場に用いやすい方法ですが、扇風機で強制的に部屋の空気を押し出すのです。窓やドアなどの空気の出入り口を10〜15cmほど開けて、出入り口を結ぶ直線上に扇風機を置き、出口に向けて強い風を送るだけです。
窓がない場合には、空気清浄機と扇風機を併用するとよいしょう。いまの清浄機は高性能で、よほどの安価なものでなければウイルスを除去できる性能があるのですが、ただ置いておくだけでは清浄機の周囲の空気しか循環しないので、部屋の空気を清浄機のほうに流す必要があるのです。
ポイントは“空気をどう手なずけるか”。部屋全体で空気の流れを作って、人の周りでよどませないようにするのです。
こうした換気を職場や飲食店などで実施するなら、たばこや線香などを使って空気がどう流れるか実験してみるといいと思います」
マスクにしても換気にしても、個人レベルですぐにでもできる予防策だ。それら“小さな対策”を徹底するよう政府が国民に呼びかけるべき、というのも今回の声明の意図だ。
「いままでの日本のコロナ対策はどちらかというと政治的、行政的でした。そうではなく“科学で考えましょう”というのが今回の声明。コロナを収束させるために、いまこそ科学的に考え、科学的に対策を講じるべきです」(清水教授)
科学的な予防でコロナ禍が終わる日が来ることを祈りたいーー。